パンデミックがきっかけで在宅勤務を始められた方も多いかと思います。世界的に見ても、在宅勤務をされた方々の大多数が、アンケートなどで職場に戻りたくないと答えているそうです。たしかに、煩わしい人間関係から多少解放され、通勤時間を削除できるなどのメリットはあるでしょう。

私はフリーランスなので、もともと在宅勤務です。コロナ危機になってからというもの、自己管理のコツなどを時折聞かれるようになりました。が、正直言ってコツなどはとくにありません。むしろ私は自己管理ができていない方だと思います……。この期間はとくに、子供の授業はオンラインで開始も遅めなので朝はダラダラのんびり、日本や北米のクライアントとやりとりするときは夜中にコンピュータに向かったり……。それに、基本ずっと部屋着のまま。正直、人間としてこれでいいのかと焦りさえ覚えます。

ひとつ気をつけているのは、これは在宅だからこそできることですが、腰のためになるべく座り時間を減らすようにすることです。私の仕事はおもに「書く」と「読む」の二部構成で、「読む」作業のときにはなるべくカウチに寝そべって行うようにしています。さらに言いますと、「書く」作業もある程度は寝転がってできます。私の数少ない趣味の一つがジグソーパズルで、古いiPad miniがほぼパズル専用機になっているのですが、寝そべってパズルをしているときでさえ、頭の中では読んだ内容を反芻したり、文章の構成を練ったりしています。おもに居間で作業をするのですが(仕事部屋は別にあるのですが、インターネットコネクションの関係で……)、寝そべっているときに限って子供たちが居間にやってくるので、そのたびに「お母さん今仕事中だからね」と言い聞かせるのですが、なかなかつらいものがあります。

アメリカやカナダにはよく職場に子供を連れてきてOKという日がありますが、働く姿を子供たちに見せてあげられるのはたいへんいいことだと思います。私は普段バリバリと働く姿を見せられないので、イベントのときなどはなるべく一緒に連れて行きたいと思ってはいるのですが、活動の場が日本や北米なので、それもなかなか実現しません。

一度だけ、絶好の機会が訪れました。2014年、カナダ人作家キャサリン・ゴヴィエ氏の小説の拙訳『北斎と応為』(彩流社)が刊行となったのですが、その出版記念イベントとして、在東京カナダ大使館でゴヴィエ氏と当時の日本ペンクラブ会長浅田次郎氏との会談が行われることになったのです。ゴヴィエ氏自身前ペン・カナダ会長で、カナダでは大変著名な作家です。後日談になりますが、2019年にはカナダ勲章を受賞されています。

そのような著名な作家さんの来日ですから、大使館のオスカー・ピーターソンホールでの対談イベントの前に、当時のマッケンジー大使がご公邸でウェルカム・レセプションを開催してくださる運びとなりました。ときは6月11 日。

ドイツの学校は、その年、あるいは州にもよりますが、5、6週間おきに1、2週間の休みがあります。2014年のイベントはちょうどバイエルン州の精霊降臨祭の2週間のお休みにあたり、子供たちと一緒に日本に帰れることになったのです!

当日のプログラムは大使公邸でレセプションパーティ→大ホールに移動して講演会、という予定でした。だれでも参加できる講演会とは対照的に、レセプションのほうは厳しい出席者管理が要請されました。もちろん、大使のご公邸なので当たり前です。招待客は「出版される本の関係者」であることが大前提とされ、招待できる人数も制限されました。

しかも、イベントの相手グループが日本ペンクラブです。私は現在日本ペンクラブの会員ですが、この時点ではまだ会員ではありませんでした。日本ペンクラブ側からの出席者が多数予想されるなか、こちら側に許された招待客数はかなり限られてしまいました。

版元の編集者と大使館の担当者で打ち合わせが続くなか、担当編集者から、「陽子さんはどなたを招待されますか? 多少融通はきくと思いますが、まあ、2、3人といったところでしょうか……」と打診されました。子供たちのことが頭をよぎりましたが、当時、息子たちは11歳と9歳。走り回る年齢でもありませんが、一応私は出版記念される本の訳者である以上、来賓の対応をする側の人間であり、四六時中子供に目を向けているわけにはいきません。連れてくるとしたら、両親に子守役として一緒に来てもらうよりほか考えられませんでした。ですが、仕事の場に家族4人を招待するなど、日本の常識として、なんとなくありえないような気がしたのです。

「私のほうはいいですよ」と答えました。当時私は別の版元から刊行予定の本があったのですが、その関係者さんでもお呼びしたらどうですか、と彩流社の担当者が提案してくれました(それで3名を招待ましたが、1名は辞退、1名は当日キャンセルでした)。

両親には子供たちを連れて公開イベントのほうに参加してくれるよう頼み、結局私はほぼ1人で大使公邸レセプションに参加しました。青山の豪華な洋館でのパーティーでしたが、日本在住ではないゴヴィエ氏の招待客もほとんどありません。結局、こちら側の参加者の多くは、ちょっぴり本の製作にかかわった人たち、あるいはその「孫呼び」の人たち……つまり、本にまったく関係のない人たちとなりました。

この日のことを、今でも私は思うのです。なぜ私は、職場に家族を連れて行くなんて論外、などと、変に日本的な振る舞いをしてしまったのでしょうか。カナダ人なら真っ先に子供を連れて行き、マッケンジー大使と記念撮影でもさせていただいたことでしょう。いえ、記念写真はべつにどうでもいいんです。でも、私は見たのです。パーティーのとき、あたりまえですが、そこにカナダのお菓子があったのを。

当時、カナダからドイツに戻ってまだ3年程度。息子たちはまだまだカナダを懐かしがっていました。そして、そこにあったのです、カナダのお菓子が。ああ、息子たちにこれを食べさせたかった、と、私は思いました。そこにはスリーマン社(サッポロビールが所有)のハニーブラウンという私の大好物のカナダビールも供されていました。でも、その後にイベントが控えていたため、飲みませんでした(訳者が登壇するかしないのかが最後の最後まで決まらず、結局登壇せずQ&Aに答えるだけでしたが)。子供たちはイベントで母ちゃんがしゃべるのを見てそれなりに感銘を受けたようですが、それでも私には、あれから何年もたった今、当時の参加者がこのレセプション当時の写真を「思い出」としてSNSにアップしたりするのを見て、あの、子供たちに食べさせてあげられなかったカナダのお菓子のことを思わずにはいられないのです。
私は基本的にほとんど後悔というものをしません。結果が悪くても、その時そう決めて行動したのならいいと思っています。後悔するとしたら、それは「しなかったこと」に対してです。

私など逆立ちしたってカナダ大使公邸にもう一度お呼ばれすることなどないでしょうし、あったとしても、もう11歳と9歳の息子を連れて行くことはできないのです。

みなさんも、お子さんに働くお母さんの姿を見せてあげられる機会があったら、なんの躊躇もせず、その機会をお子様に与えてあげてください。Zoom 会議中にお子さんが寄ってきたら、追い払わず、働くお母さんの姿を見せてあげてください。