法律
相談44 :32歳の長男のことでご相談します。
2016.11.23 Wed
32歳の長男のことでご相談します。
正社員として教育関係の仕事に従事しており、週に何度かは営業車を使用しています。先日、この息子が業務で営業車を運転中に自転車と接触事故を起こしました。相手は大学生で自転車は壊れましたが、幸いケガもなく物損事故で処理されました。保険会社と相談し、今回は保険を使わず修理代を支払うこととし、社長に報告したところ、相手の自転車と破損した社用車の修理代をすべて個人負担するよう命令されたとのことでした。
事故は自分の不注意だったと息子は反省していますが、だからと言って弁償をすべて個人に負わせるのはおかしいのではないでしょうか。「信賞必罰」とは社長のポリシーだそうですが、何のための保険なのかと疑問に思います。専門家のご意見をお伺いしたくご相談いたします。(大阪府・50代主婦)
回答
回答44 : 養父 知美さん (弁護士)
息子さんが運転されていた営業車(社用車)は、対物賠償責任保険や車両保険に加入していたのですよね。そうであれば、その保険を使って、相手の自転車と社用車の修理代をまかなうよう、社長に提案されたらいかがでしょう。そのための保険なのですから。
保険に入ってなかった、あるいは社長が保険を使うことを認めなかったとしても、息子さんが修理代の全額を負担する必要はありません。会社側の事情により、保険が使えないわけですから、息子さんの不注意(過失)の程度にもよりますが、相手の自転車社用車ともに、修理代は少なくともその大半は、会社が負担すべきだと考えます。
以下に、その理由を説明します。
故意に、あるいは不注意によって他人に怪我を負わせたり、他人の物を壊すなどして損害を負わせた者は、その損害について賠償する責任を負います(民法709条)。これを「不法行為」といい、損害を負わせた本人が、損害賠償の義務を負うのが原則です。
しかし、従業員が仕事中に、仕事に関連して第3者に損害を与えた場合、使用者も、その損害を賠償する責任を負います(民法715条1項)。これを「使用者責任」といいます。使用者は、従業員を使用することによって利益をあげているし、業務に関連して起きがちな事故には保険をかけておくこともできることから、使用者に損害賠償責任を負わすことによって、被害者保護をはかるものです。従業員に資力がないために賠償金を払ってもらえない、というような事態を避けるためです。
本来、不法行為を行った従業員本人が損害賠償を行うべきにもかかわらず、被害者保護のために使用者に責任を負わせたことから、使用者が従業員に代って損害賠償を行った場合は、使用者は、従業員に対して求償できるとされています(民法715条3項)。また、従業員の不注意によって使用者自身が損害を受けた場合も、当然、従業員に対して損害賠償請求できることになりそうです。
しかし、使用者は、従業員を業務に使用することによって利益をあげているし、業務に関連して生じがちな事故については保険をかけることによって危険を分散させることもできるのに、生じた損害の全てを従業員に負担させるのは、従業員に酷であるし不公平です。
そこで、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができる」とされています(最高裁判所 昭和51年7月8日第1小法廷判決 民集30巻7号689頁参照)。そして、「当該被用者に故意又は重大な過失がない場合には、被用者の過失の程度や損害発生に対する使用者の寄与度等の事情を勘案し、信義則(民法1条2項、労働契約法3条4項)上、使用者の被用者に対する損害賠償請求権等の行使を否定する余地もあるとみるのが相当である。」として、使用者からの請求を全く認めなかった裁判例もあります(仙台地方裁判所 平成24年11月9日判決)。
従業員に社用車のを運転を命じる以上、交通事故により人損、物損が生じる危険は容易に予測されます。使用者としては、危険分散のために保険に加入しておくべきです。保険に加入していなかったとしたら会社の怠慢、保険を使いたくないというのは会社の都合なので、これによる損害は会社が負担すべきです。ただし、息子さんにも不注意があったとのことなので、多少のペナルティは仕方がないかもしれませんね。
回答者プロフィール
養父知美
とも法律事務所は、知をもって(法律の専門家としての知識をもって)、友として(あなた自身や家族になりかわることはできないけれど、あなたの力になりたいと願う友人として)、共に(ひとりで頑張らないで、ひとまかせにしないで、一緒に)、問題解決をめざす法律事務所です。