法律
相談 14:2歳の子どもがいるのに「遠くの支社へ転勤」と言われました。
2013.03.29 Fri
2歳の娘を育てながら、A社で正社員として働いています。
A社には、大学卒業後に入社して、今年で8年目です。
これまでは、自宅から30分ほどで通える本社勤務でしたが、
4月1日からは、自宅から1時間ほどかかる支社の仕事に就くようにと、
昨日、上司から話がありました。
これ以上、通勤時間がかかると仕事を続けることができなくなりそうで心配しています。
娘は保育園に預けていて、父母も他県に住んでいて、夫も多忙極まる状態で、
他に助けてくれる人が見つかりません。
上司からのこの話について、断ることはできるのでしょうか。
また、断る場合には、どのような対応をすればよいのでしょうか。
断った場合、退職しなくてはならないのでしょうか。
できれば、正社員としてこれからも働き続けたいので、悩んでいます。
<30歳・女性・会社員>
回答
回答 14:小島妙子さん(弁護士)
勤務場所の変更(転勤)は,「配転」の一形態です。
配転は,労働者に経済的・精神的不利益を負わせる場合がありますが,判例は,労働協約や就業規則に「業務上の都合により配転を命ずることができる」旨の規定がある場合には,使用者は労働者の個別の合意なしに勤務場所を決定し,転勤を命じることができるとしています。もっとも,職種や勤務地を限定する個別の合意(明示もしくは黙示の合意)がある場合には,その合意の範囲内のものに限定されます。
また,使用者に配転命令権が認められる場合であっても,その行使が権利の濫用に当たる場合は無効とされます。すなわち,①配転命令に業務上の必要性が存在しない場合,②配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合,③労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合など特段の事情が存在する場合です(東亜ペイント事件,最高裁昭和61年7月14日判決)。
業務上の必要性(①)については,「余人をもって代えがたい」という高度の必要性は要求されず,労働者の適正配置や業務運営の円滑化という事情で足りるとされ,不当な動機・目的(②)としては,嫌がらせや退職へ追い込むための配転などがあげられます。労働者に著しい不利益(③)を負わせる例としては,介護すべき家族を抱える労働者への遠隔地への転勤命令など例外的な場合に限定されており,配転に応じると単身赴任をせざるを得なくなるという事情は,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるとは認められていません。
また,東京都内から八王子事務所への異動を受けた女性労働者が,通勤時間が片道約1時間長くなり,3歳の幼児の保育に支障が生じるとして配転命令を拒否し,出勤しなかった(36日間)事例では,配転命令権の行使は権利の濫用に当たらず,懲戒解雇処分は違法ではないとされています(ケンウッド事件,最高裁平成12年1月28日判決)。
判例の立場は,使用者の配転命令権を広く承認した上で,配転命令権の濫用も例外的な場合にしか認めません。これは,勤務場所,内容に関する決定・変更を基本的に使用者に委ね,労働者と家族の生活をそれに従属させるものであり,労働者の自律性や人間的生活の要請に反するものというべきでしょう。
近年,日本においては,「ワーク・アンド・ライフバランス(仕事と生活の調和)」が要請されています。労働と生活の適切なバランスは,労働者の人間らしい生活の実現という観点から当然に要請されるものであり,生活を犠牲にしている労働の在り方として,長時間労働と並んで頻繁な転勤問題も視野に入れなければなりません。また,「コース別雇用管理」がなれされている「総合職」の募集採用における,転勤要件,昇進における転勤経験要件を,いずれも間接差別であるとして禁止した2006年(平成18年)の均等法改正も考慮されるべきです(均等法7条,同法規則2条2号3号)。
このように,日本の判例の在り方については再考が求められているといえます。
あなたの場合,これまでの判例によれば,転勤命令が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」とは言い切れず,配転命令は権利濫用には当たらないとされるおそれがあります。
配転命令の効力を争う場合には,「異議」をとどめて,とりあえず「配転」に応じ,後日,従前の勤務場所における地位確認の本案訴訟や地位を仮に認める内容の仮処分の申請をする方法があります。一定期日までに配転先に赴任しないと解雇等何らかの不利益処分が行われる可能性がある場合には,解雇を回避するために異議をとどめて配転先に赴任した上で配転命令を争うことになります。
配転は,とりわけ家庭責任を負うことの多い女性労働者に多大な不利益を課すものであり,何らかの法的制約を課す仕組みを作っていかなければなりません。労働組合などに相談し,使用者側と協議して,配転に関する実体的な規制(たとえば期間制限や代償措置など)を課すなど,不利益を緩和する措置を求めていくことになります。
回答者プロフィール
小島妙子
ジェンダー法学に詳しく著作も多いすぐれた理論家であると同時に、セクハラ・DV、不当解雇、離婚、財産分与等々、幅広く訴訟を扱う頼りになる実務家。事務所にはほか2名の女性弁護士がおり、女性からの相談の受付体制は万全です。
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