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  • 仕事と子育ての両立を選択した女性たちのサバイバル Survival of women who chose to balance work and child-rearing

    2022/06/30

    • リサーチ

    著者名:太田恭子

    1951年生まれ。2012年、首都大学東京人文科学研究科で博士号取得。現在は東京都立大学で客員研究員として研究活動を続けている。専門は社会学ジェンダー論。

    仕事と子育ての両立を選択した女性たちのサバイバル Survival of women who chose to balance work and child-rearing

    論文概要:

    近年、出産後の女性の就業継続率が上昇し、M字の底も徐々に上がってきた。しかし、未だに女性が主たる担当者として子育てを担っている状況が続いている。高学歴女性に焦点を当てた先行研究の中には、高学歴女性が「子育てを手放さないことが、性別役割分業構造を強化している」という批判もある。高学歴女性は、学歴の地位表示機能による「よい子育て」への規範的圧力や、仕事での自己実現というプレッシャーによって、出産後も仕事と子育ての両立を試みるが、その結果男なみ発想で家事も育児もこなそうとするか、職場の子育て支援制度を利用しマミートラックで両立を図るかのどちらかになっており、そのいずれもが、むしろ性別分業構造を強化しているというのである。
    そこで、本稿では、「高学歴女性が『子育てを手放さない』ことが、性別役割分業構造を強化してしまうのか」という問題関心のもと、以下の二つの問いを立てた。①女性たちが「子育てを手放さない」のは、規範的圧力やプレッシャーによるのか、自らの選択なのか。②女性たちが子育てを手放さないと性別役割分業は維持されるのか。その上で、江原由美子のジェンダー秩序論、ギデンズの自己アイデンティティ論に依拠し、仕事と子育てを両立している6人の高学歴女性にインタビュー調査を行った。その結果、女性たちは自らの選択として子育てを手放さずに就業を継続し、自らの「したい子育て」をするために、夫や祖父母、職場を交えた子育てのサポート体制を作りあげ、そうした彼女たちの行為が職場を変え、夫の意識を変えていったと語っており、女性が子育てを手放さなくても、ジェンダー秩序の変容の可能性があることを見出すことができた。

    Survival of women who chose to balance work and child-rearing

    Abstract

    In recent years, the rate of women continuing to work after childbirth has increased, and the bottom of the M-shaped scale has gradually risen. However, women still remain in charge of child rearing as their primary responsibilities. Some of the previous studies focusing on highly educated women have criticized that the fact that highly educated women "do not give up child rearing reinforces the gender role division of labor structure. Due to the normative pressure for "good parenting" caused by the status indicator function of their academic background and the pressure for self-realization at work, highly educated women try to balance work and child rearing even after childbirth, but as a result, they either try to do both housework and childcare with a manly mindset or use the childcare support system at work to balance the two in a Mommy-Truck way. In either case, the gender division of labor is strengthened.
    Therefore, this paper asks the following two questions from the perspective of "whether the fact that highly educated women "do not give up child rearing" reinforces the gender role division of labor structure. (1) Are women's "refusal to give up child rearing" due to normative pressure or their own choice? (2) If women do not give up child rearing, will the division of labor be maintained? Based on Yumiko Ehara's theory of gender order and Giddens' theory of self-identity, we interviewed six highly educated women who are balancing work and child rearing. As a result, the women said that they created a support system for child rearing with their husbands, grandparents, and workplaces in order to continue working without giving up child rearing as their own choice and to do "the kind of child rearing" they wanted to do. We were able to find that there is a possibility of transformation of the gender order even if women do not give up child rearing.

    Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

    コメンテーター:亀田 温子(かめだ あつこ)

     著者が示した「性別役割分業はなぜ続くのか?」の問いは、日本の現状から見えてくるまさに多くの人の問いでもある。2022年版『男女共同参画白書』は、若年層の恋愛、結婚離れの傾向、20-30歳代の男女とも7割が家事や育児を「配偶者と半分ずつ分担したい」としており、「もはや昭和ではない」と述べている。しかし、同じ新聞の紙面には、政治家になっても、家事・育児は女性の役割という意見が多いという記事が並ぶ。昭和の、いや明治のジェンダー規範が深く潜在化した現状があるといえる。
     著者は「仕事と子育て」の両立を自ら選択した高学歴女性をインタビューし、「子育てを手放さない」女性たちのアイデンテイテイ形成という分析から、解明に取り組んでいる。といっても、「子育てを手放さない」だけでなく、「良い子育て」のキーワードが加わり、さらに「子育てを手放さない」なら性別役割分業は維持・強化されるのか?と重なる。「子育て」という大テーマをかかげ、どこを動かせば性別役割分業が動くのか、制度の整備か?いや女性の意識なのか? 拡大しながらのテーマ接近は、この問題の多重性を示し、読者に鋭い刺激を送っている。
     読み終わって、これは一人では読み切れない!テーマについても、方法についても、多くの人とそれぞれの見える領域から議論をする協働での議論の場が必要だ、という思いに至った。新たな知の創造にむけての議論の場(コミュニテイ)をつくる、そのきっかけになる論考といえよう。
     そして私が注目したのは、6人の高学歴女性のインタビューが示す、高学歴は性別役割分業の流動化にどう機能するのか、その新たな分析がなされたことである。著者が大卒女性をインタビュー対象としたのは、そこで何が起きているのか、それを明確に捉えたかったためである。彼女たちが主体的に子育てを手放さず行ったことが、自分の周囲に、企業での活動に何を生みだしていったか、それは高学歴者の知識・行動の選択肢幅の拡大ともかかわっているように思えるが、そうした新たな解釈を可能にする一面も見えてきた。
     教育とジェンダ―に関して最近注目している数字に、高等教育の「私的収益」と「社会的収益」がある。高等教育が何に機能しているのかを示すデータである。日本の場合、大学教育を受けることは、女性個人の生涯収入や地位に反映する「私的収益率」には極めて少なく、一方、社会の税収増や失業率の低下など社会的便宜に関わる「社会的収益率」には極めて高く反映する状況が、世界の中で特徴となっている。女性が大学教育を受けることは、まさに「社会の支え役」として機能しており、教育の恩恵をほとんど政府に渡す結果だ。
     こうした量的データが示す実態はあるが、今回示された大卒女性たちが「仕事と子育て」の双方を持つモデルを作りあげている行動の芽を見つけたこと、そうした解釈を示したことは、仕事のモデル自体を変えていき、それが性別役割分業を変容させる未来をつくることにつながる、いやつなげる証しとしたい。これからの大いなる議論が、この論考から生まれることを願っている。

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