「消費者に近いところで農業をしてみたい」と東京都日野市の住宅街に農地を借りて新規就農、株式会社ネイバーズファームを立ち上げた梅村(旧姓=川名)桂さん。社名は「お隣さんの農園」という意味だ。
 ハウス栽培のトマトをメインに年間で20~30種類の野菜を育て、販売する。トマト、ブルーベリー、ラディシュ、小松菜、水菜、オクラ、ブロッコリー、ロマネスコ、カリフラワー、アスパラ、ナス、白菜、枝豆、かぼちゃなどだ。市街化区域内の都市農地(「生産緑地」)の貸借による新規就農者第1号としても注目されてい
る川村さんの取り組みを紹介しよう。

ハウス内でトマト収穫をする梅村桂さん

東京都日野市で農地を借りて新規就農

 梅村桂さんが経営する農園・即売所である株式会社ネイバーズファームは東京都日野市の街中にある。京王電鉄新宿駅から高幡不動駅まで特急で約30分。多摩モノレールに乗り換え、「万願寺駅」から徒歩圏内。 農園のそばには、「向島用水親水路」があり、豊かな水と緑に囲まれた場所だ。
 水路は多摩川、浅川から水が引き込まれ、かつては田畑のための水路だったという。 住宅地が増えたことから水路は環境保全の場に。緑道や水車、水遊びの場がつくられ、住民の憩いと癒しの場ともなっている。

緑豊かな「向島用水親水路」。奥に見えるハウスが株式会社ネイバーズファームだ。

日野市在住の農家と30年にわたる農地の貸借契約

 そんな向島用水親水路のそばにあるネイバーズファームをハウス沿いにくるりと歩いてみた。 農産物の自動販売機、その裏手は作業のためのハウス、ハウス入り口には農産物配送作業用の車、その横に大きなハウスが3つ。ハウスの間には露地栽培の畑もある。
 梅村さんがここにファームを立ち上げたのは2019年3月。 日野市在住の農家で、日野自動車の経営に携わっていた方と30年にわたる農地の貸借契約を結び、「生産緑地」を借りて農業を営む全国初の新規就農者となった。 10分ほど離れた自宅から通って農業をしている。

ネイバーズファームの案内看板

ネイバーズファームの入り口


「生産緑地」とは、環境の保全の目的で農地や緑地を守る法律だ。 都市化により、住宅やビルなどが増え、農地が減少していくなかで、計画的に農地を守る制度として生まれ、1992年の改正生産緑地法によって制定された。 500㎡以上の農地(制定当時)で農業を行うと税制は農地なみ課税となり軽減される。
 農地農業だけでなく災害地の避難場所、水・大気・土壌等の保全、教育・福祉・観光・コミュニティの場として都市計画にも盛り込まれている

 生産緑地に指定されると30年間の営農義務が発生する。しかし多くの農家が後継者不足や高齢化で農業の継続の危機にある。 そこで農地を守るために、2017年に法改正が行われ、面積要件を条例で300㎡まで引き下げ、運営に必要な直売所や農家レストランの設置や、農業を行いたい希望者への農地の貸し出しを可能とした。税制の優遇策はそのままだ。
 梅村さんは、この新たな制度を利用して、生産緑地の貸借を受けて農業を始めた第一号だ。

都市農業が盛んな東京都23区内の練馬区の「生産緑地」

国土交通省「生産緑地制度の概要
https://www.mlit.go.jp/toshi/park/content/001612019.pdf

都市農業の魅力は目の前のお客さんにすぐ届けられること
都市農業の魅力を梅村さんは次のように話す。

「都市農業の場所は市街地とその周辺。つまり住宅街の中に農地があり、消費者が目の前にいることが最大の特徴であり魅力です。 本当に鮮度の良い野菜を消費者に直ぐお届けできるし、流通コストがかからない分、スーパーと同じ値段であっても農家の手取りが増えて利益率が高くなる。 お客様からの反応もすごくダイレクト。『こういう野菜が欲しい』『こういう規格のものが欲しい』という声も直接いただける。 売れるもの売れないものが目に見えて分かるので改善もしやすいですね」

出荷のための作業をスタッフと行う

現在、ネイバーズファームの農地の栽培面積は5反くらい、うちハウスが1反。売上の7~8割を占めるのがトマトだと言う。

「トマトの品種は5種類。大玉、中玉、ミニと3種をつくっています。販売場所は、3分1くらいがうちの自動販売機。 あとは市内の直売所だったり、都心のスーパーさんだったり。農協の農産物直売所『みなみの恵み』でも結構売れていますよ」と梅村さん。

JA農産物直売所「みなみの恵み」
https://www.ja-tm.or.jp/minaminomegumi/

栽培面積は全部で5反(1500坪=5000㎡)。現在の売上は約1700万円。

 スタッフは桂さんを入れて3人。さらに日野市が運営する援農市民養成講座「日野市農の学校」から「日野市援農ボランティア」として派遣されるボランティアの方が3人いる。

「他にも、日野市在住で農業を手伝いたいという方も来てくださいますし、私の父親がリタイアして近くに住んで暇をしているので(笑)手伝ってくれています」

日野市援農市民養成講座「日野市農の学校
https://www.city.hino.lg.jp/sangyo/nogyo/gakko/1018745.html

そもそも日野市の住宅街の中で農業を始めたのは、自宅の近くということもあったが、直接に消費者に生産物を手渡すことができる魅力があったからだ。
販売の中心は前述のとおり、自社のロッカー式自販機。東京都23区で農地が多いことで知られる練馬区でも新しい販売スタイルとして注目されていると言う。

「自販機なら、朝から夜までいつでも都合のいいときに買っていただけるのが利点です。野菜を補充に行くときにお客さんと話しをする機会もあります。 ちょうどいい距離感で販売できるかなというふうに感じています」

道路面に向けた場所にある自販機。

農産物の紹介も掲示されている。


東京都内における新規就農者数の推移をみると、 2005年は41人で、その翌年は39人、そのあとの年では 60人、 50人、46人、43人、28人、2022年は46人となっている。(出所:(公財)東京都農林水産振興財団「新規就業者数実態調査」)。

毎年、新たに就農している人がいることがわかる。

「担い手として、若い人が結構増えているのじゃないかなっていう感触はあります。お孫さんが継ぐというケースもありますし。
私と同世代で、新規就農をした人もいますし、新規就農についての情報交換する仲間も結構います。
ただ農地を維持するのはすごく大変。都市部では、まだまだ地価も上がっていますし、で次世代に農地に残そうと頑張っている、やる気のある若手の方たちはすごく少数で、やはり多くの農家の方々はあまり長く農地を残そうという意識はない方の方が多いのが現実です。農地の減少はかなり厳しい状況かなというふうに思っています」

ちなみに日野市の生産緑地は、2012年122haから2021年で105haに減少している。

露地栽培もおこなわれている。ナスの様子。


都市での新規農業は誰でもできるものなのだろうか。

「正直どうなのかなというかという面はあります。土地を30年借りられるのであれば農業をやるには都市農業はすごく良い。 消費者も近いですし、小さくてもやりがいがある農業が出来ると思う。 農地を広げようとしている既存の農家さんから借りるっていうのももちろんいいと思いますし、いろんな方法があるというふうには思います。 けれど一般的には貸借するにも3年とか5年しか契約できないところが多い。私も農地を広げようと何軒かと契約の話をしているんですけど、なかなか難しいです」

東京都の農林水産統計データ
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/nourin/49a26759d31782c1a7f2058aabd35c5b.pdf

日 野 市 の 農 業
https://www.city.hino.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/023/091/hinoshinonougyou4.pdf

日野市内の生産緑地 


発展途上国でのスタディツアーで農業に魅せられる

 そもそもどんなきっかけで農業を始めたのだろうか。
梅村さんは1991年、東京都日野市生まれ。生まれてすぐに父親の仕事の関係でアメリカ・ニューヨークに引っ越し、7歳からはオランダのアムステルダム郊外で育つ。小学校高学年で帰国し、埼玉県所沢市で暮らした後、15歳から父親の故郷である東京都日野市に住む。

「東京でも、家の近くに農地がありましたし、うちの母親は結構、地場の野菜が好きな人間で、直売所で朝早くから並んでいつも新鮮な野菜で料理を作ってくれるっていうような家庭だったんです」と桂さん。

 2014年に東京大学農学部に入り、国際開発農学専修コースを選択。
途上国を中心にスタディツアーやボランティア旅行に参加。途上国で農業の素晴らしさに目覚める。

「全然違う文化と価値観に触れました。途上国の農村でホームステイをして、自分が農業のことを全然知らないこと、日本では全然農業にかかわって来なかったことに気づいたということですね」

 大学を卒業後、千葉県香取市にある農業法人、株式会社和郷に入社。
福井県大飯郡高浜町にある関連会社、株式会社福井和郷でトマトの大規模ハウス栽培や野菜の加工・流通を担当した。
働く場所としてなぜ農業法人を選んだのだろうか?

「大学時代、農業の現場を知りたいなと思って農家のインタビューをしてフリーペーパーをつくる活動をしていたんです。農業って現場が面白いな、農業経営者たちも面白い人たちがたくさんいるなと思っている中で、株式会社和郷を知りました。大学院に行くという選択肢もあったけれど、農学部の学生はだいたいみんな進学しますし、自分も研究畑に居るよりも現場で農業の可能性を知りたいなと思って就職を決めました」

ハウスの前の畑に立つ梅村桂さん


 入社した和郷は、農業生産だけでなく農家連携での販売・加工から貸農園、レストラン経営、海外輸出など多角的に事業を展開し、公益社団法人日本農業法人協会に所属している。
日本農業法人協会は会員の経営、提案、情報提供なども行っている組織で、ホームページでの情報公開、ガイドブックの製作、新規就農支援事業やインターンシップの受け入れもしている。現在2,076会員(2021年12月末時点)。
 新規就農は国の事業と連携もしていて、支援体制や国の援助金、相談窓口、学びの場の提供など手厚い。

株式会社和郷
 http://www.wagoen.com/company

公益社団法人日本農業法人協会
 https://hojin.or.jp/

「公益社団法人日本農業法人協会」のホームページ


「和郷で、私は元々営業とか企画の仕事をするつもりで入ったんですけど 、最初の研修でいろんな駅の中でマルシェをして野菜を売ったり、農園リゾートもやっているので、そこのスタッフにも入ったりなんかもした。グランピングが流行っていて、それにも力を入れていて、そこのスタッフをやったり。まあいろんなことを何か月かやって、最終的に福井県に新しく立ち上げる自社農場の栽培担当になったんです。九州の農家に研修に改めて入って1年間トマト栽培を学んでから福井に入り、1年半くらいいました」

現在のハウスでのトマト栽培の基礎は、このときの農業経験がベースとなっている。

自動販売機用に詰められたミニトマト


「福井県では自社農場をゼロから作るところを見られたのが良かったかな。ただ正直、消費者が遠いなと感じてしまった」と言う。

自分の実家のことを思い返してみて、農地は東京にもあるし、もっと消費者の近いところで農業をやれるんじゃないかなというふうに思っていたタイミングで、たまたまテレビ番組で、東京で新規就農している人たちがいることを知り*、都市農業の存在に気づいたと言う。

*テレビ東京系列「ガイアの夜明け」2015年11月3日 放送の第689回「"新たな農業"始めました」
https://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber4/preview_20151103.html

 消費者の近くで農業を始めるために、会社を退職し、東京都清瀬市の「関ファーム」(関健一さん経営)で修業。

「いったん働きながら独立を目指すっていうことで、アルバイトとして3年間。休みの日は市役所を回って農地探しをしていましたね」

「関ファーム」
https://seki-farm.jp/

「東京都農業会議」の相談窓口のサポートで新規就農

 桂さんが相談をしたのは、新規就農の相談窓口がある「東京都農業会議」。
一般社団法人・東京都農業会議のサポートを得て、自ら農地を借りて営農する道を選び、27歳で就農した。

「東京に帰ってきた時、東京で『新規就農』で検索すると、東京都農業会議の窓口が出てくる。それで相談をしに行きました。そもそも東京で新規就農するためには農業の研修を1年受けて農家で働いた期間があって、それで事業計画を提出して認定されるというプロセスがあるんです。
そういった一連の流れを教えていただいたりとか、資料作成の支援とかをしていただいたりしました。特に松澤龍人さんという方に『なぜこの生産緑地でやりたいか」という希望を話した。
その時には、まだ事例がなかったので『じゃあ一緒にやろう」ってことで、日野市の市役所の方とかに働きかけてくださったりとか、農家さんにもいろいろ話をしてくださったりと力になってくださいました」

一般社団法人東京都農業会議
https://www.tokaigi.com/

「農地探しは、かなり難しかったです。まだ生産緑地の新しい法律も制定されてなかったし、農家の方も、制度そのものを知っている人も少なかった。新制度が制定された翌年の2018年12月に初めて地主さんと会って翌2019年に契約をしました。ハウスを作りたいってこともお伝えした。『ハウスの原価償却期間以上は農業をやらないとだめだよ』みたいな話を最初からしてくださっていましたね」

現在のハウスは3棟。1つが大型のもので、かかった費用は約3500万円。小さいのが2つありそれぞれ約300万円。
ハウスの床には土がなく、ヤシ殻の栽培地が使用され、そこに水分や肥料を入れてトマトに最適なるよう管理調整される。一番いい温度、湿度、日射量、CO2濃度をコントロールできる最新技術が導入されている。

「環境制御の技術というかシステムが入っているのでいろいろコントロールできます。和郷で働いていたときから色々システム使ってましたし、会社に在籍してたときに農業の見える化の共同研究のプロジェクトにも参加したりして、新しい考え方とかも学ばせてもらったりしました。ハウスメーカーのセミナーとかも出て、短い労働時間でたくさん収益を出す意味では機械化の方向しかないかなと感じました。メーカーの方でもかなりいろんな勉強会とかやっています。清瀬の農家で出入りしていたメーカーさんと知り合って話をしている中でじゃあこういうシステムにしようっていうのを決めていきました」

ネイバーズファームのハウスの外観


「支援金や資金計画のことは農業東京都農業会議の方から聞きました。東京都の新規就農者向けの助成金があり、費用の4分の3出るうえ、日野市でも上乗せで出してくださったので初期費用の8分の7は補助金でまかなえました。あとは日本政策金融公庫から融資をうけました。」

こうしてトマト栽培を中心とした都市農業がスタートした。

「トマトをメインにしたのは、身についているのがトマト栽培だったから。野菜が変わるとまたゼロからというか全然違う技術になる。栽培がかなりシステム化がされているし一般的にも導入しやすい商品になってきていることもあります。あと消費者に直接売るときに、一般野菜だとなかなか生産者の名前を覚えてもらえないんですが、トマトって結構、生産者を指名買いをする人が多いし、わざわざ買いに行くような野菜かなというふうに思っているんです。ブランド化する意味でもトマトはすごくいいかなと言うのもありましたね 」


ハウス栽培の先進地オランダで農業を学ぶ

 現在、ハウス栽培の先端を行っていると注目されてきたのがオランダだ。
「特にオランダは施設園芸が盛んで、トマト、パプリカとかナス辺りがすごく大きい。和郷で働いていたときにオランダに連れてってもらって、オランダに本社を持つ栽培コンサル会社のセミナーを毎月受けたりとかもしました。ただ、日本のメーカーもオランダのメーカーと共同して製品を日本にローカライズして導入していたりだとかしている。かなり技術が日本にも入ってきている印象があります」

 トマトは加工も手掛けている。

「基本は自販機で販売するので、市場出荷のような規格というのがない。それなので規格外という自体存在しない。形は悪くても売れちゃうんです。けれどミニトマトのなかにはどうしても割れるのがでる。そうするとそこからカビが生えてしまって販売できない。それが全体の5%から10%ぐらい出る。それらを加工に回しています。製造自体は委託をしているんです。原料を全部洗って冷凍して保管しておいて商品にするという形です。今商品になっているのは、ミニトマトのスイートピューレという名前でジャムみたいなもの。煮詰めてあって、パンにも塗れるし、お肉のソースとかにも合います。
あとはブルーベリージャムを一部やってます」

ブルーベリー収穫の様子


1日のスケジュールは、朝7時から8時が食事と準備。8時から12時が収穫・荷造り。12時から13時が食事・配達。13時から18時まで管理作業・種まきなど。18時から19時夕食・入浴となっている。

「最近は社員も増えてきたのでハウスの管理記録データを取るとかもちゃんと時間内に終わらせています。私も午後は結構打ち合わせとか、取材とかの対応も多くなってきています。
結婚は去年(2022年)。夫は普通の会社員です。 全然農業はやっていない。>一緒に作業すると喧嘩することになっちゃうので、だから別々の方が平和にできると思います(笑)。子どもはいません」

 2021年、日野市の若手農家で「Hino Blue Farmers Club」を結成。
共同販売やイベント出店などで地域の人に農業をPRしている。
「二つ目的があります。ひとつはお互いの圃場を見学して情報交換し、栽培技術を向上させましょうということ。もうひとつは販売の協力ということで、マルシェ参加を共同でおこなったり、スーパーへの出荷をグループで受けたりしています」

収穫されたばかりの出荷前のオクラ


将来は、さらに地域に広がり、大きく発展させるという目標がある。

今後の目標は?
「まず栽培をしっかりやっていくという会社としての方針は変わりません。働きやすい環境で農業を職業としても魅力があるような仕事にしていきたいです。
もう一つは地域の活動を広げていきたい。トマトフェスとか畑をオープンしたイベントとかいろいろやっているんですが、街づくりとか加工品の開発とかもそうですが、地域商社的な活動をしっかり事業化して、1つの事業の柱にしていきたいなと思っています。
それと、すぐというわけにはいかはないんですが、環境への配慮から減農薬や燃料を使う量を減らす取り組みも始めています。農業のカーボンニュートラルの技術にも関わっていきたいなと思っています 。ハウスではプロパンガスを使っていますが、そういうのを減らすことができたらと思っています」

ネイバーズファームの入り口の案内

「向島用水親水路」側のハウスの外観


Neighbor's Farm【ネイバーズファーム】 | 東京、日野市の街の行きつけ農園
https://neighborsfarm.tokyo/