11月9日は第49回うえのゼミ書評セッション長島有里枝著『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』でした。
上野さんはこの本の書評を書くにあたり、あまりに内容が面白くて、書評を書き進めると規定の原稿枚数では足りないので、ページを増やしてと雑誌編集者に交渉したそうです。 オンラインのゼミでしたが、参加者の皆さんの集中力と熱気を感じる素晴らしい時間でした。 参加者からいただいた熱い感想です。

参考資料:写真史のher story ちづこのブログNo. 142  上野さんによる書評 
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○著者・長島有里枝さんへの感想

・今回に向けてご著書を飛び飛びながら、やっぱり思い出してむかついたりしながら再読し、場所があったら私も黙るのやめようと改めて思いました。ありがとうございました。

・アーチストとして活躍されるまでの苦労が語られていて(特にお母さんとの関係)が印象深く、母親世代で娘でもある私は深く考えさせられました。

・当時まだ小・中学生だった私にとって、90年代の雑誌に載っていた写真や、映画、漫画などで描かれていたカルチャーはとても眩しいものでした。都会的で、不良っぽくて、お洒落で、カラフルで、自然と自分が選び取るべきものに感じました。そんな訳でなんとなく武蔵野美術大学に入って写真などをやってみましたが、時代の移り変わりを目の当たりにして戸惑った覚えがあります。

  ・長島さん、蜷川さん、HIROMIXさんが女性であるということは、当時はあまり意識していなくて、「すごく華のある若い作家の人たちが彗星のごとくデビューしていったんだな~」という認識でした。
長島さんの著書に書かれているような言説は目にしていなかったのか、見てもなんとも思わなかったのか……正直さっぱり覚えていなかったので、本を読んで、こんな言説がまかりとおっていたのかと衝撃を受けました。

  ・当時の私は、女性写真家が男性写真家と同等かそれ以上に活躍して評価されていると呑気に思っておりました。アーバス、石内都、オノデラユキ、今道子など、授業で取り上げられていた作家が女性が多かったからかもしれません。(先生が女性だったからなのかもしれません)

・今回のお話を聞いて、長島さんがこの著書を書いた理由がとてもよく理解できました。時代を語る言葉を書籍として残す意味を大変重く受け止めました。知人にも布教していきたいと思います。

・家族写真に写る長嶋さんの鋭い視線から、性的なものを捉えて観ている人へ向けられた、強い抗議の意志を感じました。と同時に、家族を信頼しているからこそ撮れた写真なのだと感じたのですが、今日のお話で、もっと深いご事情もあったのだとわかりました。

・今回のご著書から、長島さんの写真と寸分違わない、言語の力強さを感じ、上野さんの書評にあるように、歴史として残って欲しい事実は、さらに言語化して欲しいと、切に思いました。

・他分野も含め、フェミニズムアートとその言語化がスパイラルに続いていったら、フェミニズムの裾野は大きく広がるだろうと、明るい希望が見えた気がします。

・ご登壇ありがとうございました。たくさんの方々にご参加いただき、いろいろなお話をうかがえてとても良かったです。表現に、言葉ではなく視覚媒体を選んだのに、語らなければならない状況というのは、当事者にとっては酷だよなと感じています。社会学の手法を選んで異議を申し立てなければならないことは苦しいし悔しい。まだまだお話をうかがいたいと思いました。またこのような機会をいただけたらと思います。

・長島さんも私も、写真家が抱えていたものは一人一人違うけれど、私自身のあの頃を振り返ると、怒りのエネルギーがすべての原動力にありました。そこは共有していたのかもしれないと感じました。

・お話を聞いていて、身体が子どもから女性の大人に変化していく(胸が膨らんでくることや生理など)ことへの違和感が自分にもあったことに気づきました。小学校から高校まで、男女共に同じ空間で更衣することが環境として当たり前にされており、周りの子が自分の身体を見て物申してくることもありました。それは当時嫌だったけれどそれが当たり前だと思い込んでいたためか、自分自身我慢していたのだと今になって気がつきました。周りの環境に対して自分はとても受け身だったのかもしれません。今思うと悔しいです。最近になってジェンダーのことを少しずつ学んでいくうちに、今まで自分が違和感を覚えていたことに対してなぜそうだったのかがわかるようになってきました。それが嬉しくもあります。今回の授業は自分にとって励みになりました。ありがとうございました!

・男であることによって下駄をはかされている人々への怜悧で熱い切り口が痛快でした。

・調べて反論する熱意意欲、立ち向かう心構えに、力を得ました。むずかしいけど、読みやすかったです。表装はとっても美的でした。煙草を吸う写真かっこよかったです。ストレートに文字以前の写真のインパクト感じました。

・長島さんは生きていく中でいろんな壁にぶち当たりながらも、その怒りや違和感を、自分の身体に向けてだけではなく、自分の「外」に向けて表現し行動して来た人なのだなぁと感じました。ただひたすら内にこもり怒りのエネルギーを自分の身体に向けて来た私にとっては、うらやましくもありました。この著書をI氏に送ったとおっしゃっていたような。ゾクゾクするお話でした。貴重な経験をお話していただき、ありがとうございました。今後の活動を楽しみにしています!

・トークでもおっしゃっていましたが、長島さんがこの本を書いてくださったおかげで、私のような後から写真を研究していく者にとっては飯沢耕太郎、山内宏泰ではない選択肢を選ぶことができるようになりました。その点大変感謝しております。長島友里枝さんの「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへを読み、島さんの写真への真摯な思いが判り、男性写真評論家への怒りが良く伝わってきました。又、ホンを読んだ後に、長島友里枝さんのお話を聞き、有里枝さんの真直ぐで正直なお人柄に、とても好感を持ちました。ありがとうございました。

・『「僕たち」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』を読んだ時に、本当に心から感謝の気持ちが湧いてきたことをもう一度思い出しました。大変なことだったかと思いますが、本書を書いてくださってありがとうございました。長島さんのお話を聞きながら、自分のことも色々とオーバーラップしてきて、少し泣きそうになりました。怒りや悲しみをきちんとした形で異議申し立てをされた長島さんは本当に素晴らしいと思います。やはり、飯沢さんには本書に対してどう思われたのかきちんとお話いただきたいと思いました。

・分厚いご著書でしたが、ほぼ一気に読んでしまいました。当事者として言説分析を行う、ということには、第三者による分析の何倍もの困難と戦略性、冷静さが求められるのではないかと思うのですが、本書はそのような難関を突破し得ていると感じました。 トークの際、「若い世代が参照できる別の文献がいまだにない、ということに大きな問題を感じ、ないなら自分で書こうと思った」とおっしゃっていたことが非常に印象に残っています。「女の子写真」という言葉やその内容の杜撰さには目を覆いたくなるものがありましたし、もっと恐ろしいのは、次世代がそうした用語をあまり疑問をもたずに使用してしまうという状況なのだ、と痛感しました。 おそらく似たような系列の問題を孕んでいる日本(特有)の写真(業界)用語に、「私写真」があると思っています。長島さんのご著書は、そのような非常に根の深い別の問題を解きほぐすための素晴らしい手がかりにもなるものだと思います。勇気づけられました。ありがとうございました。

○発言者への感想

・笠原さんのお考えやこれまでのご活動のお話はすべて大変為になり、励みになりました。

・笠原さんから、いつもながら、はっきりとした大きなメッセージを受け取れて幸せです。

・上野先生へ  63才の私ですが、40年以上殆ど男中心の職場で子育てしながら過ごして定年になり、私にムーブメントと呼べるものは無さそうで不安になりました。若くは無いですがもう少し勉強して自分のムーブメントがあるのかどうか考えてみたいです。

・上野さんへ  上野さんがおっしゃられていた、他の同世代の女性写真家の方は当時の「女の子写真」の潮流をどう受け取り、何を感じていたのか私自身は確かに聞いてみたいなと思いました。たくさんの方々のインタビューをまとめることで実際はどのようなムーブメントだったのかということを捉えることができるのではないか。長島さんが同世代の写真家にインタビューするということと例えば、私のような存在がインタビューするということは検証の方向性が変わってしまうかと思いますが、私にとっても何か重要なことなのではないかと話を聴きながら考えておりました。皆さんの本当の声をきちんと残すことができたらいいなと思いました。

・信田さよ子先生へ   長島さんの書評セッションに信田さんがご参加くださったのはとても良かったです。今回は著書からガーリーフォトが切り口でしたが、『背中の記憶』を題材に家族を切り口にして信田さんにたくさんお話をいただきたいと思ってしまいました。

・話の本筋とは少し違うレイヤーでしたが、信田さんと長島さんの会話が非常にどきっとする内容で、印象的でした。ご著書を拝読したいと思いましたので、早速読んでみます。おすすめされていた本も面白そうでした。

・千田先生、本日のコメントも楽しく拝聴しました。またいろいろ教えてほしいと思います。

・林央子さんが仰っていたソフィア・コッポラのお話が大変興味深く、とてもあたたかいエピソードでした。

・林央子さんの体験に基づくお話は、大変分かりやすく、また興味深いものでした。

・コメンテーターさん、ありがとう!! 女も前にむかっている足音が聞こえてきているように思います。助け合っている人々が多いのにはげまされ、助け合いの種まきしているからこそ、芽がでるのですよね。芽を踏みつぶさないよう自分も育てつつ、カバーできるよう、学んでいきたいです。

○全体への感想

・長島さんご自身は、女性写真家としてひとくくりにされ、
くくられることで「わたしたち」という意識が芽生えたのだと思うのですが、
くくられることへの抵抗が、連帯を阻んだのだなあと思いました。

・長島さんは、フェミニズムを学問としてとらえている傾向があり、わたしも今日まで、そう思っていました。でも、フェミニズムというのは運動なんですね。男性メディアの言論を打ち返していくことだけでなく、自分の行動が、誰かに影響を与え、連帯して運動になっていくことが重要なのだなあと。

・フェミニズムへのおそれ、そして90年代の女性たちにおける、くくられることへの抵抗、そういったものに、翻弄されないように自分を戒めたいです。

・ろくでなし子さんの例、そして、年齢が遠くても影響を受けるという言葉に、はっとさせられました。

・話者の世代が多くあったことで、こちらの考えるレイヤーに厚みをもたらせていただきました。信田さよ子さんの家族のお話もとても参考になりました。

・地方に住んでるとオンラインで参加できて助かります。

・同時代に違う切り口で展覧会を開催していた笠原さんのお話を始め、長島さんと同年代の岩根さんや藤岡さん、HIROMIXさんと共に仕事をした林央子さんなど、様々な方の視点からお話を聞けて、とても面白かったです。みなさん各々の立場から素直に感じたことを話してらして、こういった集まりでしか聞けないお話だったと思います。あらためて、日本のカルチャーにとっては大きなムーブメントだったんだと思います。そして、長島さん自身がその時代を検証し、書籍を出すことの重要性が理解できました。

・ゲストはもちろん、参加者の方々がとても豪華で、素晴らしかったです。

・あの時あの場にいた私たち、という意識を今日はっきりと持ちました。ありがとうございました。

・長嶋さんの様々な語りが引き出せた、素晴らしいゼミだったと思います。ご担当の皆さま、有難うございました。

・撮ること・撮られることについての言説を拝聴し、大変勉強になりました。一方、写真をめぐるフェミニズム的な考えをフェミニズムを自分とは関係ない他人事ととらえる人に届けるには、かなりかみ砕いてアプローチを工夫しなくてはならないだろう、とも思いました。私は教養科目としてスポーツとジェンダーについて教えています。メディアにおけるアスリートの表現のされ方についてフェミニズム的な問題を提示しても、学生にはなかなか響きません。私は当事者でも専門家でもありませんが、教師としてどのように伝えるか、自分の課題として考え続けたいと思います。ありがとうございました。

・長島有里枝さんご自身のお話や、いろいろな立場の方の発言から多くのことを知り、考えることができました。(個人的な問題は政治的である)の精神を改めて強く受け止めることができました。ありがとうございました。

・とても勉強になりました。今までジェンダーについて深く考えてこなかったため、こういった学び吸収できる場があるというのがすごくありがたいです。自分は学生生活を送る上で、大学の関係者の方に、「女の子なんだから 将来のためにも大事なことは忘れんとき」と言われたことが最近とてもショックだったので、今回この授業を受けることができてよかったです。そのときその時に感じた違和感に対してもっと抵抗していっていいんだと思えました。

・初めて参加して楽しかったです。

・自身の尊厳を維持しつつ、表現を継続されていることに力を得ました。心も体も疲れた時は、充分休みましょう。それは大切な変化の充電時期なのでしょう。美術館に展示され、収集家に求められる作品と他の作品との違いはなにか考えた。写真の持つ時空、次元、瞬間現実の静止。作品と観る者のと共感性。

・「写真」という一つの世界を覗いてみると、このような事が起きているのかと、実に興味深い。信田さんの心理の世界しかり。きっとどのような業界であっても、この様な構造は多かれ少なかれ空気のように存在しているのだろうなぁと、ため息が出る。長島さんと同時代を生きる写真家の生の声を聞くことが出来て、とても面白く贅沢な時間だった。これから、女性の写真家たちはどのようにつながりを持って行くのだろう。世代交代が進み、写真界はどのように変化していくのか、楽しみです。貴重な機会をありがとうございました!

・私は大学で写真研究を行っているのですが、未だに彼ら(I氏ら)の言説が写真界のベーシックで、大学で写真を学ぶ際も彼らの(書いた/編集した)本が使われている現状があります。ストロングあすかさんがご指摘されたように、写真史・写真界でのそれらの評価の見直しは今後の課題だと感じています。しかし、この本で当事者である長島さんから異議申し立てをされた「僕ら」は、現在も沈黙を守っており評価の見直しには今のところたどり着いていません。どのように変えていけば良いのか、一つ一つ地道に反論していくしかないのか、いろいろ考えていきたいと思います。大変有意義な会を開いてくださりありがとうございました。

・これまで、私にとって知る機会のない写真の世界での男性批評家が女性写真家へ向ける非平等な評価、余りに旧態然とした考えや姿勢などを知る事が出来、有益な時間でした。この世界でもなのかと驚いたと共に、しかもその事に余りに無自覚な男性達に怒りを通り過ぎて呆れてしまいました。私にとって、他のゲストの方々の刺激的なお話も有益でした。ありがとうございました。長島さんをはじめ、写真家とその周辺の方達との関係性に、シスターフッドを感じ、どんなに生きづらい業界を生き抜いて来られているのか、胸が熱くなる思いです。ミソジニーに振り回されることに抵抗する冷静な言動とアートに対する熱い想いとのバランス、素敵です。

・最近刊行された長島さんの写真集「Self- Portraits」の刊行記念トークとも違う、長島さん・笠原さんへ一歩踏み込んだご質問を上野さんがお聞きになっていらっしゃって、上野ゼミならではトークになっていたと感じました。参加されている各々の専門分野におけるそれぞれの考察が拝聴できてとても面白かったです。社会学的・芸術的視点でそれぞれの違いでしたり、芸術的視点においても作家、キュレーターそれぞれの立場からのご意見なども伺えたりして、非常に有意義でした。一番最後まで拝聴出来なかったことが大変悔やまれます。

・長島さんご本人のお話だけでなく、読み手はもちろん、同世代の作家、評論家、編集者などさまざまな立場の方からの見方を知ることができたのがよかったです。特にフェミニズムに関心を持って活動されていた笠原美智子さんがどう受け止めていたのかうかがってみたかたので、当時どのように捉えていたか知ることができたのは貴重でした。林央子さんが話された、ソフィア・コッポラと日本の写真文化の影響関係については気づきが多かったです。また、ヒロミックスが当時話していた言葉はとても胸を打つものでした。林さんのご指摘で、全体的にポジティブな雰囲気で終われたことはとてもよかったと思います。付け加えるなら、長島さんとほぼ同世代の私は、(上野先生がおっしゃる裾野の1人として)当時の写真ムーブメントに心を躍らせていました。長島さんのご著書を読んで、ポジティブな面しか見ていなかった自分の浅はかさを残念に思っていたのですが、確かにポジティブな面があった、そう受け取ることも間違いではなかった、と今回の書評セッションを聞いて思えました。参加させていただき、ありがとうございました!

・フェミニズム に、写真、90年代という身近なキーワードがありましたので、最後まで大変楽しく拝聴しとても勉強になりました。参加させていただきましてありがとうございました。

・これまで、接したり、お話を聞く事も無かった方々のお話が、とても刺激的でとても楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。

・写真家やライター、関係者が社会の中でどういう苦労をしていたか、そして今はどう思うかなど貴重な話を聞くことが出来て良かった。私自身が励まされたし、自分が感じる違和感は大切にしようと思う。写真や美術に関心が薄いほうだが、これから展覧会などに足を運んでみたい。