女性農業者の活動を追いかけて、日本全国を飛び回る食ジャーナリストの金丸弘美さん。この9月で26回を重ねた連載「金丸弘美のニッポンはおいしい!」はWANの人気企画のひとつ。記事を読んで、「こんな風に頑張っている女性たちがいるんだ!」と励まされる方も多いはず。
実は金丸さんが食分野に関心を持ち、取材するようになったのはご自身の子育て中に、子供たちにアトピー・アレルギーが増えていることを知ったのがきっかけ。「なぜこんなことが起きているのか」「いったい私たちは何を食べているのか」という素朴な疑問からスタートした活動を通して、日本の食の変遷と未来を考えるきっかけをくれる連載をお届けします。
農家では米だけでは生計がたたないところがほとんど
農家から、直接米を売りたいと相談を受けたのは2001年の頃です。米の消費量が激減している。価格が低迷しているからとは後で知ったことでした。
1970(昭和45)年度95.1kgが、2020(令和2)年度50.8kgと50年で半分になっています。
消費額は、パンが上回っています。2022年(令和4年)の統計では、一世帯あたり米の消費額は1万9,825円、パンは3万2,497円、麺類は2万0,112円(カップ麺、パスタを含む)となっています。
●家庭における1世帯当たりの米、パン、めん類の購入量の推移(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/attach/pdf/230731-22.pdf

農林水産基本データ
https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/
全国の農家の平均をみてみると、農地面積3.3ha。平均年齢69.9歳。農業所得125万4000円とのことですから、農業だけでは家計が成り立ちません。
米1俵(60kg)あたりで1万円前後という話しが多くありました。これに苗代、肥料代、農薬、人件費、燃料費、維持費などが差し引かれるのです。ある東北の農家さんに伺ったら「3haで年商150万円。これじゃ暮らせない。だから親も、私が農家を継いでも、出稼ぎに行っていた」と話されました。
農家さんが「消費者へ直接売りたい」と言われたのは、所得を上げたいということだったのだということも、あとで知ることとなります。
米を売るのではなく田んぼのメダカを売る
千葉県香取市の農家に下見に行ったとき「メダカいますか?」というと、田んぼにも、周辺にもいないとのこと。でも「山の方の小川にはいる」ということで、農家の方とメダカを採りに行きました。大の大人が小川でメダカ採りをしているので、次々に車がとまり「なにしているんですか」と何度も尋ねられました。「メダカ採りです」と言うと、不思議な顔をされたものです。
採ったメダカを田んぼにはなすと一気に増えました。それで、これをメディアに話をしたら、「読売新聞」と「赤旗」が大々的に紹介してくれました。「絶滅危惧メダカ戻る!」というようなタイトルでした。
それで、農家に1000件以上の問い合わせがあったといいます。
メダカが欲しいという人が現れ、農家さんが「いいよ」と言ったら、続々と人が来ました。
軽トラックに水槽を載せた人が来て、農家さんは仰天。よくよく訊いたら、老人ホームの方で、認知症予防のために、幼い頃に観た、メダカを観て癒しに使うという目的だったそうです。
なかには、田んぼを観て「へ、米も作っているんだ」という方がいて、農家さんが「ふざけんな、メダカ作っているんじゃない!」と言ったとか。
こんな経緯があり、「メダカ米」というロゴマークを参加された方が作成されて米を売ったところなんと完売です。しかも直販で販売。一般の出荷の価格の4倍近くの値段で売れました。
農家さん曰く「米だけ売るより、メダカも売ったほうが、米が売れるんだなあ」という話しとなりました。
●レッドデータブック・リスト(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/shizen/seibutsu/kishoushu/rdb.html
どの県でもレッドデータブックを出しています。千葉県を観るとメダカは「絶滅危惧1類」と分類されています。
この体験ツアーの取り組みを雑誌で紹介し、『メダカが田んぼに帰った日』(学研 2002年)という本にまでなりました。実際に試み、体験したことにはドラマがある。それを雑誌連載も書けると気づいたのです。演劇や映画よりも、現場のドラマが面白い。そこから、実際に現地で農家さんや地元の人たちと、食の取り組みを一緒に手掛けることに目覚めます。

「メダカが田んぼに帰った日」(学習研究社)表紙絵・沢野ひとし
このメダカ米の評判で、福島県、宮城県、新潟県佐渡島など、農家さんと共に呼ばれました。宮城県では、日本野鳥の会や、仙台科学館の先生たちに、田んぼの生き物調査、環境省に「生物多様性国家戦略」などがあること、海外ではEUで、農村環境に対する直接支払いなどがあることを教えていただきました。
これは、生産拡大がされていくなかで、農薬、化学肥料なども大量に使われ、環境汚染が生まれ、健康や生き物の被害にも繋がることとなります。このため農薬や化学肥料を減らし、環境保全に配慮した農業を営むことに対し補助金を出すというものです。農村環境に対する直接支払いなどがあることを教えていただき、また、生き物調査のやり方なども教えていただきました。
ちなみに環境直接支払い、日本でも平成23年(2011年)から取り入れて「環境保全型農業直接支払交付金」として「化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組と合わせて行う地球温暖化防止や生物多様性保全等に効果の高い営農活動を支援」と位置づけられています。
農家さんとの活動を本にした取り組みから兵庫県豊岡市に呼ばれ、「コウノトリ育む米」の東京でのプロモーション事業を手掛けることとなります。田んぼの生き物、生態、コウノトリの絶滅から復活の経緯などをテキスト化。栄養士を入れてバランスを考え、実際に料理も提供する。これにメディアと女性の栄養士、料理家、女性で社会活動をしている人などを呼ぶというものでした。
●生物多様性国家戦略(環境省)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives/index.html

兵庫県豊岡市「コウノトリ育むお米のヒミツ」テキストの一部。全部で22ページある。
http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/data/workshop/pdf/workshop2010070501.pdf

農薬・化学肥料をなくす、または減らすことで田んぼに戻ったコウノトリ。
妻の乳がん、子どもの登校拒否、アレルギー
そんななか、長男が小学6年生、次男が小学4年生のとき、妻に乳がんが見つかり入院、同時に長男が先生のいじめにあい登校拒否になり、次男は、友達の家でお菓子をもらってひどい食物アレルギーで体中がはれ上がるという事件が立て続けに起きました。これをきっかけに食ジャーナリストとしての活動がまた大きく変わっていくので詳しく説明させてください。
ある日、長男は突然学校に行かないと言い出しました。「なんでだ!」と怒ったら、泣き暴れだしました。途方に暮れていたら、毎日、小学校の同級生が迎えにきます。そこで「学校に行かないと言っている。なぜかな」と子供たちに訊いたら「先生がいじめている」という話しでした。どうやら、担任に気に入られず、先生が机を蹴ったというのです。それで、妻と一緒に学校へ行き、校長と担任の先生に理由を問いました。しかし曖昧な回答でした。妻は「絶対に許さない」と強く言っていました。
そんなことなら「学校行かなくていいよ」と、仕事の取材に長男を連れていくことにしました。行った先で「えっ、仕事先に子どもをつれてくるの」と言われたこともありました。
一方、次男は、ある日、夕方に食事を食べません。「なんで」と訊くと「食べたくない」「よそでなにか食べなかった?」「食べてない」と言います。そのあと、「お父さんとお風呂に入ろう」と一緒に風呂に入ったら、なんと、首から下、体中が真っ赤になって腫れあがっています。「友達のところで、なにか食べたな」と言ったら「うん」と。どうやら、もらったお菓子を食べたのが原因のようでした。次男の友達の家に「子どもにお菓子をださないでください」と言ったら「お宅は、子どもにお菓子をもたせないんですか」と言われたこともありました。どうやら市販のお菓子でアレルギーになった模様でした。
さらにそんな頃、妻から「右胸にしこりがある」と言われ、診察を受けたところ乳がんとわかり、手術をすることとなりました。しこりだけを取ることはできず、胸の乳房そのものを切除することとなりました。抗がん剤も打つことなり、髪がたちまち抜けていきました。
彼女が入院し、病院に行くとき、毎日、泣いていました。よくニュースで、ガンのこと、子どもの登校拒否のこと、子どものアレルギーのこと、それを、なんとなく聞き流していたのですが、まさか我が家に同時に降ってくるとは思いもよりませんでした。
妻から「抗がん剤も打ちたくない。環境を変えたい」と言われ、義姉の千恵子がアドバイスしてくれたのが、両親の故郷・奄美大島の徳之島への子育て移住でした。
妻は、自然環境のよいところで子どもを育てたいと思ったのでした。

徳之島の柑橘「たんかん」

徳之島のハイビスカスの花
奄美諸島・徳之島へ移住して子育てをする
こうして、子どもが高校を卒業するまで、島での暮らしが始まり、東京で仕事をする私はときどき島に行く生活となります。
ただ、次男は、担任の先生にとても可愛がられていて、転校をとても嫌がりました。それを何度も話をしてようやく納得させて島へ行くこととなりました。
島には子ども二人を連れて家を探していたのですが、島で「母親だけで子ども連れで島にくるなんてオウム真理教の信者かもしれない」という噂もあったようです。幸い、両親の親戚がいたことで、家を借りることができ、妻は徳之島・伊仙町役場の臨時職員で働くようになりました。
島は、当時、長寿だった泉重千代さん、本郷かまとさんがいたため、「長寿の町」として売りだしていました。観光客を呼ぼうと、島へのツアーも計画がされていました。
ウィキペディアによると、
「泉 重千代(いずみ しげちよ、1865年8月20日〈または1880年頃〉~1986年2月21日)本郷 かまと(ほんごう かまと、1887年9月16日(または1888年-1893年頃4月8日?)~2003年10月31日)」
となっています。
生年に「または」があるのは確証がないからだとは思いますが、それはおいておい、最初の表記の年から100歳を割り出すと、泉重千代さんの100歳は、1965年(昭和40年)。当時の100歳は全国198人。本郷かまとさんの100歳は1987年(昭和62年)で100歳は全国2271名。ですから「長寿の島」を大々的に売り出したのは、納得のことだったわけです。
●百歳プレスリリース(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/000990671.pdf
ところが、それから全国に長寿者は増え続け、2022年(令和4年)には、全国9万526名にもなっています。100歳がいちばん多いのは東京都なのです。これは医療体制が整ったからにほかなりません。一方で、長寿と健康寿命が問われるようにもなりました。実際に長寿であっても認知症や入院、介護も増えていて、自分で生活ができる健康長寿との差があることが指摘されてもいます。
長寿の島の若い世代に生活習慣病が広がっていた
私たちが徳之島に移住した頃、「長寿の島」だと宣伝されていました。ところが、実際に暮らしてみると、若い人への食生活が本土のものが入り、生活習慣病が広がっていたのです。
役場の保健課の方に尋ねたら「長寿と言っているけど、実は、若い世代が生活習慣病で短命になっている」ということでした。「だったら、それをはっきり打ち出して、長寿の要因を明確にすればいいじゃないですか」
と言ったら、「そんなことしたら袋叩きにあいます」との答えでした。
妻は、役場の臨時職員となり、町長に「島のいいところをもっとアピールしてください」と言ったのですが、理解されず、私が島に行くたびに、町長室で直接に話をしたりするものだから、当時、島の人たちには、「また悪いコンサルタントが、金をたかりにきている」と思われていたようです。
実際、島に来ているコンサルタントから呼び出されて「おまいさんは、いくら金とるつもりだ」と言われたこともあります。このコンサルタントさん、車の中から、やおら携帯で電話し始め、そのあと「誰に電話したかわかるかい。議員さんだよ。お偉いさんだよ。そこも繋がってんだよ」と、私に顔を向けて自慢そうに話されました。「ああ、そうですか」とそっけなく返事をしたのでした。
当時連載していた小学館「別冊サライ」、木楽舎「ソトコト」などで、島のサトウキビや、手作りの塩などを特集紹介しました。それでジャーナリストだと信用してもらえました。
町長から妻は「あんたの旦那さん雑誌に書いているなら、これを渡しなさい」と、町の政策内容を書いたものを渡されました。それには、大々的にツアーを組んで、島に人を呼ぶような内容でした。私は、これまでのような観光ツアーではなく、都会では味わえない、島の海、空、郷土の料理などを組み込み、それを売り出すべきと添削をして戻したのです。
どうやら、添削結果が役場で回覧された模様です。電話がかかってきて「あんたかい、町長に手紙書いたのは」と野太い男の人の声。「そうです」「話があるから役場の前の喫茶店で待っている」と。恐る恐る喫茶店に行くと、ごっつい体格の人が二人。「お電話いただいた方ですか」「そうだ」「なにかあったのでしょうか」「あんたが町長に手紙書いた人か」「はい。問題ありましたでしょうか」「どんどん言ってやって」との話。
お二人は役場の人で、島らしいものを売りだそうという私の案に賛同されたのでした。
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