女性農業者の活動を追いかけて、日本全国を飛び回る食ジャーナリストの金丸弘美さん。この9月で26回を重ねた連載「金丸弘美のニッポンはおいしい!」はWANの人気企画のひとつ。記事を読んで、「こんな風に頑張っている女性たちがいるんだ!」と励まされる方も多いはず。
実は金丸さんが食分野に関心を持ち、取材するようになったのはご自身の子育て中に、子供たちにアトピー・アレルギーが増えていることを知ったのがきっかけ。「なぜこんなことが起きているのか」「いったい私たちは何を食べているのか」という素朴な疑問からスタートした活動を通して、日本の食の変遷と未来を考えるきっかけをくれる連載をお届けします。
徳之島で行われた100歳の調査シンポジウム
妻から「島のよさを伝えるにはどうしたらいい」と尋ねられて、オリジナルの島ツアーを組みました。いくら話をしてもわかってもらえない。ではやるしかない。
島の綺麗な海、おばあちゃんの手料理、海の魚料理など、島にしかないものを織り込んだ企画です。島の農家の人たちを親戚の叔父にも紹介してもらい、すべて会い、現場を見せていただき、そこからツアーのプランを組み立てました。そして自ら行きつけの食事処や友人・知人に営業してツアーを募集しました。当時、講師をしていたカルチャーセンターが主催になってくださいました。2007年のことです。

徳之島ツアーに呼びかけて参加した方々

徳之島の海辺。島の場所で表情が異なる。ツアーの参加者には、まず海を紹介した
こうして島の人に信用されて、長寿のシンポジウムのアドバイザーを任されることとなります。琉球大学と連携で長寿者の食生活調査をしていることを知っていたので、大宜見村を訪ねることを勧めました。
この提案が通り、妻を含め役場の方、保健課の方たちが大宜味村へ。船中の妻から「村に行ったらなんて話せばいいの」と連絡がきました。「長寿者の食生活の調査で、どんなことがわかって、どんな政策を組まれるようになったか、資料があるか、訊いてみて」。それを村で質問したところ「さすが長寿の伊仙町の方たち」と言われ村長が対応してくださり、資料もくださったとのことでした。
こうして伊仙町では保健課の方を中心に1200名の食生活実態調査、このうち90歳以上155名の長寿調査が実施されました。長寿の秘訣には、島々の四季の食と料理があることを発表し、その料理を出してもらうことをしました。シンポジウムには100歳のおばあちゃんを登場させて秘訣のインタビューもしてもらいました。島の環境を見てもらうツアーもしました。

徳之島伊仙町のツアーで披露された島の歌と踊り
一方で、若い人の食生活がインスタント、清涼飲料水で偏り、島も車社会で運動不足なり肥満や高血圧など生活習慣病が広がっていることを発表。
女性の保健師さんが本気で取り組んで、島のスーパーにある、インスタントラーメンや、ドリンク剤を並べて展示し、いかに塩分、砂糖、脂分が偏って入っているかを紹介して警鐘を鳴らしました。また伝統的な食材を調査し、もともと島にある四季おりおりの食べ物が長寿の秘訣であることを紹介したのです。素晴らしかったです。
あとで妻にきいたら、島の人のなかには、「お前の旦那はロクなことをしない。せっかく長寿でうりだしているのをなんてことを」と言った方もあったとか。
しかし、これらの内容は雑誌・新聞で紹介され、テレビでも大々的にとりあげられました。


徳之島で公開された保健師さんたちのパネル(2011年)

島の伝統的な食材の紹介(2011年)

100歳のおばあちゃんのインタビュー
学校給食の地産地消を推進する沖縄
これには余談があります。このあと、沖縄に行くこととなりました。当時、航空会社の機内誌からの原稿依頼がきて、「沖縄長寿」の特集を組むこととなったのです。どっさり資料をわたされました。その頃、都道府県長寿ランキング1位は沖縄。本も多くでていて、沖縄は長寿県と大々的に謳っていました。
機内誌で書こうにもページ数は限られている。資料だけで書いてはこれまでの記事のなぞりの原稿にもなりかねない。そこで、突然、現地で大宜味村の学校給食の栄養士さんを訪問し「沖縄の子供たちは、なにを食べていますか」と質問を投げたのです。
すると「沖縄は、今、大変なこととなっている。ファストフードが広がり、コンビニがどんどん増えて、子供たちに健康被害が増えている。私たち栄養士は、農家・漁師を巡り、島のいいもの、子供たちに伝え、食べてもらう活動をしています。」
また、東京の大学で栄養学を学んで、沖縄に赴任し、いざ給食を始めると栄養バランスがあっていても、現地の食材・農業・漁業の現場や、産物を知らないと、給食に地域のもの上手く使うことはできないとも言われました。そして頂いた給食の美味しかったこと。
昔の脱脂粉乳やコッペパンの決して美味しとはいえない給食のイメージしかなかったもので、給食に素晴らしい取り組みがされているのに感銘。これを新聞で取り上げたところ、栄養士さんから連絡があり「ありがとう。これからが始まり。ぜひ共闘しましょう」と言われたのでした。そして全国の栄養士さんを数名紹介してくださいました。
そこから雑誌「ソトコト」に話を持ちかけて「ぜひ給食の連載を」とお願いしました。最初「給食かあ。あまり儲からなさそうな企画だなあ」と言われたのですが、誌面をとってくださったのです。
そしてそのあと、食育基本法が制定。取り組みは一気に注目されることとなり、学校の現場に行くことや、給食のアドバイスをするということにもなったのでした。
この頃、沖縄県は、長寿ランキング1位(昭和55年=1980年)から陥落。栄養士さんがおっしゃっていたように、沖縄の伝統的な食がいつのまにか忘れられて、健康を阻害することになっていったのでした。
2020年の平均寿命の男性トップは滋賀県、女性トップは岡山県になっています。ちなみ沖縄は男性43位、女性16位です。
都道府県別にみた平均余命(厚生労働省)
tdfk20-02.pdf (mhlw.go.jp)
沖縄の栄養士さんたちは、みなさんで農村・漁村に行き、文献も検証し、そこから栄養、季節、地域文化を連携させてカレンダーを創ることをされて、本にまでまとめられたのでした。これは、今でも、もっと推すべき活動だと思っています。
●公益財団法人 沖縄県学校給食会 (okigakkyu.or.jp)
「食育カレンダー かたいちがな んかしくゎっち~」
https://okigakkyu.or.jp/index.php/shokuikukarendar/

2020年5月からのカレンダーに掲載された沖縄料理の給食
イタリアのスローフードからの衝撃
これまでの私の活動を知った方が、「あなたがやっているのはスローフードの活動だね」と言われました。しかし、当時、さっぱり意味がわからない。そこで2002年9月にイタリアへ取材に行きました。そこで仰天しました。スローフードが国内で4万名、全世界で10万名の会員を持つNPOであること。
もともとはジャーナリストであったカルロ・ペトリー二氏が立ち上げたもので、小さな食の体験ツアーから始まったこと。そこから農家に所得と経済をもたらし若者の定住に繋ぐことができるよう、葡萄栽培から加工、販売までのサポートをしていくことが始まり、やがてプロモーションを手掛ける団体に。つまり生産だけはなく加工・販売で農家の所得を増やす仕組みです。
別会社で出版、コンサルタント、大学運営まで行い、州政府、町の食の事業の委託を受けて、食のプロモーション事業展開をしていることを知ります。NPOの会費だけでも3億円以上を集めています。
プロモーションは州政府から1億5000万円の委託費を受けていました。そして徹底した食の現場を大学とも連携して調査しガイドブックを作成して販売されています。とりわけ成功したと言われるのが「オステリア・デ・イタリア」という食のガイドブック。これは覆面調査で、町や村の個人経営の食のお店を紹介するもので、大衆版ミシュランと呼ばれたものです。この成功が大きくスローフードを引き上げたとも言われています。現地調査を徹底してテキストを作成し、「多様性のグローバルを目指す」がミッションになっていました。

スローフードの書籍。左からの2つは伝統的な食を調査したガイドブック。真ん中は、ソムリエが選定したワインガイドブック。右から2つ目が「オステリア・デ・イタリア」。右端は、有名なワインのバローロの土地や土壌、環境を調査したもの

食の祭典「テッラ・マードレ」で演説をするカルト・ペトリー氏
さらに食の祭典を州や町から委託を受けてプロモーションし、調査した食を大々的に売り出す。小さい農家に経済を回す。食のガイドで地方へお客を誘致する観光に繋ぐなど地域経済に繋ぎ、地域の人がノウハウを獲得し、自らのイノベーションを生み出す仕組みになっていて驚愕しました。スローフードのもっとも優れた取組は、地方の山村の農家の経済を創る仕組みに貢献したことでしょう。
カルロ・ペトリー二氏の「宣言するより実行せよ」という言葉にはもっとも影響を受けました。また出版に携わってきた私にとって、スローフードのような出版の形があるのかというのも、目からウロコの出来事でした。
ここか、自ら現場に行く、全体を観て記事を書く。また食をテキスト化する。地域の食材を調査して参加型で料理を作る。ノウハウを地域で共有する。地域の人が自らの力で発信ができるようにするという試みを各地でするようになりました。そして書く、本にする、食のワークショップを開催する、ツアーに繋ぐ活動が始まります。
これらすべての原点となったのは家族の健康被害からだったのでした。
「未来の子供たちに健康を繋ぐ」が願い
食と地域づくり、食育活動、農業の現場で活動をする女性たち。さまざまな媒体で取材執筆を行っています。これまで北海道から沖縄まで1000か所は行っているでしょう。離島も調べたら38島に訪ねていました。
食と地域食材をテーマに、実際に現地で、参加型の食のワークショップを開催し、地域の食材を紹介し、料理を創り、食べて、味わって、香り・触感・見た目・うま味を五感で味わい、みんなで食べ方と地域の豊かさを共有する。栄養士さんにも参加してもらい、食のバランスを教えてもらう。さらに活動を文章で発信をする。そのときにメインとなる食材に関しては、歴史・環境・栽培歴・農家・出荷時期・出荷量・流通・料理法、栄養価などを調べます。これには県の試験センター、大学などにも協力してもらいます。これまで大分県竹田市「サフラン」、兵庫県豊岡市「コウノトリ育む米」、福井県「蕎麦」、秋田県能代市「ネギ」など、各地で手掛けていただきました。

各地で行ってきた「食のワークショップ」。地域食材を調査し参加型で料理を作る。素材の良さ、組み合わせ、レシピ化を行い、食の豊かさを知る。料理は馬場香織先生指導
また伝統的な建築物を使いツアーを組み込み、ふだんなにげないが見過ごしがちになる地域の豊かさを再構成し、旅に繋ぐ。
これまで岐阜県高山市「宿儺かぼちゃ」、茨城県常陸太田市「常陸秋そば」、鹿児島県奄美諸島「徳之島」、新潟県佐渡島など。これらは地元から、「食を発信したい」「食をブランドにしたい」というリクエストがあったもので、現場のあるものを調べ、都市がもっていない、地域ならではのものを組み合わせていくというものです。
イタリア・スローフード、ベトナムの農業、ドイツ・フライブル環境都市、フランス「味覚のワークショップ」などのツアー。これらは、現地を調査しテーマを決めて、学びたい項目を明確にし、取材にも繋ぐ学びの場にもする。そんな活動を手掛けています。
食や環境、持続社会に繋がる地域の豊かさを繋ぎたいというのが願いです。
テーマは「健康な未来を子どもに繋ぐこと」と言っています。これならだれも反対する人はいないと思うからです。
取材・ワークショップなど20年近く取り組んでいることから、事例の写真も豊富にあり、本もいくつも出したことで、大学の講義や、地方自治体での食と環境の町づくりといったテーマで講演やアドバイスに呼ばれるようになりました。
そんなときに、必ずといっていいほど尋ねられるのが「そもそも、なんで、そこまでやっているのですか。きっかけはなんですか」という質問です。
私の活動をとても評価をしてくださって、島のことを発信することをYouTubeで紹介してくださる方が現れたり、郷土料理や塩づくりをする農家民泊が生まれたりもしました。
妻のガンや、子どものアレルギー、多くの子供たちのアトピーを現場で観たことをきっかけに、食と環境を現場から伝えたいと、取材と活動を始めたというわけです。
WANの連載も新たな視点を生み出し発信できる場となりました。みなさんの現地での教え、学びに、今、深く感謝をしているところです。今後も、伝える、未来に生きがいを作ることを行いたい、多くの方がたと連携したいと思います。今後ともよろしくお願いします。
●金丸弘美ホームページ
https://www.kanamaru-jp.com/home/index.php
●金丸弘美著作一覧
https://www.kanamaru-jp.com/book/index.php
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