「もっと牛と酪農のことを知ってほしい」から生まれた交流の場

千葉県の南東部のいすみ市須賀谷にある高秀牧場の中には、瀟洒なジェラート店とチーズ工房がある。
ジェラートは高秀牧場で採れたてのミルクを使い、ブルーベリー、柿、梨、イチジク、トマトなどの季節の果実やハチミツを練りこんだもの。
その種類は100以上。ジェラート店にはテラスもあって、広々とした畑や里山、高秀牧場の牛の様子を見ながらジェラートをいただくことができる。ピザやケーキのメニューも人気だ。
新鮮な素材、気持ちのいい風景もあいまって、いただくものはどれもが最上の味わいに感じる。店には家族連れや、ツーリストが多く訪れる。

ジェラートの前に立つ馬上温香さん



牧場のミルクと地域の農家連携で生まれるジェラートは100種類以上

ジェラート店を運営するのは、高秀牧場の牧場主・高橋憲二さん・奈緒美さん夫妻の長女の馬上温香(まがみ・はるか)さん。社名は高秀牧場ミルク工房株式会社で、店名「牛かうVaca(うしかうばか)」。「牛、cow、vaca(スペイン語で牛)」からきている。「牛が好きで好きでたまらない」という馬上温香さんの思いを込めて付けられた。

馬上温香さんは高秀牧場ミルク工房株式会社代表取締役。牛の魅力と美味しいミルクのことを伝えたいとジェラート店を始めた。それだけではない。乳しぼりやバターづくりの体験受け入れや、学校へ牛とともに訪ね、子供たちに酪農のことを紹介する「モーモースクール」(千葉県酪農農業協同組合連合会主催)https://www.chikaba.or.jp/custom2.html にも積極的に取り組んでいる。

東京都心から約70~80キロ。千葉市からは約45キロ。東京駅からJR総武線成田行きに乗り、千葉駅でJR外房線に乗り換えてJR茂原駅まで1時間32分。駅から車で約30分のところに「高秀牧場」はある。周辺は里山や田園地帯が広がる。
レンガ造りの洒落た看板を目印に牧場に入って、桜並木の坂道を上がると、屋根のついたテラスとピザ窯、チーズ工房、そのすぐ隣には、白い瀟洒なジェラート店がある。ジェラート店には中庭があり、そこで飲食ができるようにもなっている。

ジェラートのケース

チーズのケース


ジェラート店の冷蔵ケースには、さまざまなジェラート、チーズが並んでいる。
「 ジェラートは累計で百種類以上あります。 ブルーベリー、イチジク、 枝豆、とうもろこし、 菜の花、柿、梨など地域の果物や素材を使ったジェラートが特に人気。 イチゴも子供たちがとても喜びますね。 千葉の名物の、学校の給食にも出る味噌ピーナッツもジェラートにしています。」

素材の仕入れは馬上さんが農家へ買いに行くこともあるし、農家さんが持ってきてくれることもある。  

「この辺で栽培農家が多いブルーベリーは、『社会福祉法人土穂会 ピア宮敷』http://www.piamiyasiki.jp/ という福祉施設から買っているんです。農福連携に力を入れている障害者支援の施設で、応援したいから。ジェラートに使っている菜の花も、高秀牧場の農地で栽培しているものをピア宮敷の障害者の方に収穫をしてもらっています。収穫した菜の花はピア宮敷に持ち帰って食べてもいただいています」


旬の食材と採れたてミルクのここだけしかないジェラートが生まれる

ピーナッツは千葉県の特産品。八街市が有名だ。ジェラートにいすみ市の農産物を中心に千葉県内のものを使っていることで、お客さんに「ああ、地元ならではのジェラートだね」と会話が広がっていく。
牧場で採れたばかりの新鮮なミルクと、四季折々の地元農産物を組み合わせることで、どこにもない、ここだけのジェラートになるというわけだ。それに里山の優雅な風景があることで、ここで食べたいとわざわざ訪ねて来る人が多くいる。

「コーヒーとやチョコなど地元にない素材もうちならではの工夫をしています。」

コーヒーは地元のコーヒー店に行って「高秀牧場の牛乳に合うブレンドをしてください」と頼んでいる。チョコレートは牛乳と合わせると美味しいココアの作り方をまず調べた。
「ココアパウダーをお湯で練ってから牛乳を入れて作ると ココアがとてもおいしいというのを発見して、ココアパウダーからチョコレートペーストを手作りした、オリジナルのチョコレートジェラートになっています」。

基本的に既製品のフルーツソースとか ピューレとかは 使わない。
「ピスタチオとか、どうしても市販のペーストを買わないとできないものもありますが、基本手作りです」


これまで地域連携で生まれたものに、いすみ市の酒蔵「木戸泉」の酒粕ジェラート、御宿町「大地農園」オリジナルいちごジェラート、市原市「市原みつばち牧場」蜂蜜ソフトクリーム、木更津市「THE COFFEE」オリジナルブレンドのエスプレッソジェラートなどがある。

ジェラートのお店のテラス

地元のブルーベリーとミルクのジェラート

左がジェラートのお店。右がチーズ工房。お店では食事もできる


家族で訪れる人にとってさらに楽しいのが、お店の傍の牧場での乳しぼり体験ができること。

「牧場体験は月に平均二回ぐらいです。 牧場の作業のこともあるので人手が補充できないこともあるのでお客様の理解を得ながら、できる日が決まったら開催のお知らせいたします、という形です。 2時間で乳搾り体験と牛の話と バター作り体験 をしてもらって一人2000円です」(団体だと割引のプランというのもある。要相談)。

土日は小さいお子さんを連れたファミリー層が多く、平日は大人世代バイクの人とかサイクリスト。あとは市民の方など。ときには、小学校の社会科見学などで120人ぐらいに集まることも。
「そうなると牧場スタッフ総出で対応する大イベントになりますね。体験後、ジェラートは、みなさん食べていきますね。」

家族を迎え入れての酪農体験。

お店には酪農の様子がしっかり紹介されている。



「牛のことを知ってもらいたい」と店内はグッズがあふれている

「牛かうVaca」の売上は年間6000万円。スタッフは正社員4名、アルバイト13名。業務内容はナチュラルチーズ製造販売(直販、通販、小売)。ジェラート製造販売(直販、通販、小売)。菓子製造(直販、通販)。オリジナルジェラート製造受託。オリジナルジェラート・ソフトミックス製造受託。飲食店営業(2店舗。千葉市駅近くにアンテナショップがある)。
売上の半分は直販。残りの半分は飲食店への卸しと通販。ふるさと納税の返礼品としても扱われていて、高秀牧場の酪農を多くの人に知ってもらう大きな力になっている。

「実は広告宣伝は一切していません。SNSで自然と人気が広がっていったという感じです。来てくれたお客さんが『チーズを高秀牧場に買いに行ったらジェラートのお店もできていたよ』とか、『楽しかった』『おいしかった』とアップしてくれた。』『ワンちゃん連れて行っても大丈夫だった』とか、お客さん同士の口コミで各コミュニティが広がっていったんですね」

店内の隅にあるキッズコーナー


ジェラート店の店内は、馬上さんのこだわりがそこかしこにあふれている。木造を主体とした店舗で落ち着いた雰囲気。牛を模した大きなテーブルがあり、壁には酪農の取り組みの様子、棚には可愛らしい牛のグッズが飾られている。隅にはキッズコーナーがあり、本棚は牛やチーズなどの絵本がたくさんある。 

「店内の壁には手書きで酪農のことを書いてあるんですが、これをお客さんに見て欲しくて。牛ってどういう生き物で、どういうふうに人間の役に立っていて、酪農家ってこういう仕事なんだよってことを紹介しています。キッズコーナーの本はチーズとか牛の関係を集めています。 読んでほしいと言うものをここに置いてあります。」

あちこちにたくさん飾られている牛グッズは「ほぼ自分の趣味ですが(笑)、店内にいる間、目線のどこかに牛が入るようにという配慮からでもあります。海外旅行で買ってきたものや、いただいたもの、母親が長年コレクションしていたもの…。ジェラート店のために新たに購入したのは、牛が台になった大きなテーブルくらい。北海道の業者さんに頼んで作っていただきました」

お店に置かれた特注の牛のテーブル

お店に並んだ牛のグッズ。



高秀牧場では170頭の牛が飼われ、餌も自給できる体制が組まれている

ジェラート店の真向かいが実家だ。すぐ近くには牛舎や車庫、倉庫などがあり、その向こうに飼料栽培の畑が広がっている。牧場は東京ドーム5つ分。230、000㎡(70000坪)ある。牛舎と飼料を栽培する農地だ。
農蓄連携で飼料作りはもちろん、牛の糞尿も発酵させて堆肥に使う循環型の取り組みが行われている。牛はホルスタインを170 頭が飼育されている。
牧場の運営は、両親・高橋健二さん奈緒美さん夫妻と次男・大地さんとスタッフ6名で運営されている。

左から弟の大地さん、お父さんの憲二さん、馬上温香さん。


馬上温香さんは2019年に結婚。千葉市に住んでいて牧場まで通っている。
夫の馬上丈司(まがみ・たけし)さんは、千葉エコ・エネルギー株式会社代表取締役で、エネルギー政策、公共政策、地域政策を手掛ける方。学生時代にベンチャーとして立ち上げた方。自然エネルギーによる地域活性化事業に携わっていて、ソーラーシェアリングの推進活動ではよく知られた方だ。「ソーラーシェアリング推進連盟」の代表理事でもある。ジェラート店には、たくさんのサツマイモも販売されているが、実は、ソーラーシェアリングの畑で採れたものだ。

ソーラーシェアリングの畑から栽培されたサツマイモ

 
改めて「高秀牧場」の成り立ちとこれまでを説明しておこう。
現在、高秀牧場を運営する高橋憲二さんは2代目。ちなみに牧場の名前は憲二さんの父で、千代市といすみ市で酪農を始めた1代目である高橋秀夫さんの名前から来ている。
憲二さんは昭和39年生まれ。 妻・奈緒美さんは昭和36年生まれ。
憲二さんは酪農を学ぶために北海道江別市の「酪農学園大学」に入学後、2年で休学してカナダの酪農を学ぶためにオンタリオ州「 ローマンデール・ファーム」で牧場から労働許可証をとってもらい、研修を受けた。カナダで大阪から来ていた妻・奈緒美さんと知り合ったという。
憲二さんは帰国後、親の牧場で働く。奈緒美さんとの結婚を機会にいすみ市での牧場経営を引き継いだ。
2012年、フランスでの修行経験もあるチーズ職人を迎え、ナチュラルチーズの製造を開始。2016年、アイスクリーム製造、飲食店営業許可を取得し、「高秀牧場ミルク工房」をオープンさせた。


カナダ留学で定住して海外で暮らすつもりだった温香さん

牛小屋の前の温香さん。ジェラート店のテラスから眺めることができる。

「高秀牧場」のチーズ工房、ミルク工房、それに新たに作ったジェラート工房の経営を手掛けるようになったのが、1989年に高秀牧場の長女として生まれた馬上温香さんだった。
実は彼女は、もともとは牧場で働くつもりはなかった。なぜなら温香さんは幼少期から生まれつきの動物アレルギーだったためだ。酪農家になることを断念し、千葉県立大多喜高等学校卒業後は観光経営に興味があって、カナダに留学し、現地で働く予定だった。
「英語を使う職業に就きたい」と両親に話したら「それは海外の経験が必要だろう」と言われたことで両親と同じカナダに向かったという。

「入学したのはカナダ・トロントのジョージブラウンカレッジ。現地の大学だったんです。まず語学学校に半年通った後、2年ほど、 ホスピタリティツーリズムマネジメント= 観光経営学を学びました。 航空会社とか観光業界に興味があって就職するつもりだったのです。」
ところが、学校の授業が、牧場での仕事を創るきっかけを生むこととなる。

「学校の授業の一環でツーリズム・プランを考え経営計画を提出するというものがありました。それで私は牧場を中心とした観光農園のプランを考えて提出したら先生にすごく褒められたんです。」
それまで英語も不得意で授業では苦労が多かったので嬉しかったという。
「実家には牧場もあるし、将来40歳、50歳ぐらいまで働き続けることを考えたら、家の牧場で何かをやってみるのもいいのかなという思いもふっと頭をよぎりました。」

ただし、当初はカナダで就職するつもりだった。就活に苦労する中、学生時代にアルバイトをしてた飲食店で雇ってもらうことになる。学校を出た後に労働ビザの許可も出た。
「飲食店でほぼ3年間働きました。居酒屋で、オーナーは韓国人で、働いている人は日本人が多かった。店はカナダ・ナンバーワン・ジャパニーズレストランと言われていました。2時間、3時間、客が並ぶような店でした。すごく忙しかった。 チップでめちゃめちゃ稼いでました。そこでスーパーバイザーをやらせてもいただいていた。それで結構稼ぎも良かったから、ここで3年働いて社員になる道もあるのかなと思っていました。」

3年の労働経験と学校を卒業した資格があるので、移住権も取得できると、移住権を申請しようとまさに思ったときに父親から電話があったという。
「『チーズ工房を作ったんだけど、ちょっと戻って手伝ってくれないかな』と。『ええっ!?』と思っていたんですが 、でも、もともといつかやってみたいと思っていた 観光農園みたいなことに繋げられるかなと思って『 じゃあ戻ります』となったんです。」


チーズづくりの元々の動機は、牧場の人手不足からだった

温香さんが呼び戻されたのは、実はチーズ工房を立ち上げ、おいしいチーズができたものの、ちょっと困ったことになっていたからだった。

そもそものきっかけは、この地域で昔からチーズを作っていた「チーズ工房フロマージュKOMAGATA」駒形雅明さんが、地域の酪農家向けにセミナーで「チーズは簡単で儲かるぞ」 と話しているのを温香さんの父親の高橋憲二さんが聞いたこと。しかし、いざチーズ始めたら全然簡単ではないし、すごく作るのが難しい。

そんなときに「なかなか集まらない牧場で働くスタッフ募集をハローワークに出して、募集要項の一番下に『そのうちにチーズ工房やりたいです』と一言を加えたら、その言葉にひかれて、チーズ職人の吉見真宏さんがうちにきてくれたんです。当初はチーズ職人という事を知らずに牧場で働いてもらっていた。とても寡黙な方なのです。
そのうちに、実は『フランスでチーズを作っていた』という話がでてきて、それで慌てて建てたのがチーズ工房。当時私はカナダに居て、そんなこんなで全然知らないうちにチーズづくりが始まっていました(笑)」

「当初、そのチーズを売るための店番を父と母がやっていた。すると牛の飼育に手が回らない。結果的に、牛の調子が落ちてしまった。そうすると乳質が保てなくなる。するとおいしいチーズができなくなる。本末転倒ではないですか。
だから牛を見る人はきちんと牛を見て、チーズを作る人はチーズを作って、販売をする人は販売をして、という方が中途半端でなくていいんではないか。では販売を誰にやってもらうか。では温香がいるではないか…となったようなのです」

最初は温香さんは販売に加えてチーズを作る仕事もする予定だったという。
「チーズは菌が生きている生き物なので毎日お世話をしなきゃいけない。 反転したり、様子を見たり、手間がかかる。 職人一人でやってるとお休みが取れないんです。冠婚葬祭とか、もし急用が出来た時に チーズが作れなくなってしまうんじゃないかと、もう一人作れる人がいた方がいいねということで。
ところが私はチーズ作りのセンスがなくて…。チーズづくりってとても繊細なんですよ。カナダでの経験から得意だと分かっていた販売の方を一生懸命やりますとなったら、だんだんお客さんも増えてきたし、そこで 方向転換をしたというわけです」

チーズの品質と温香さんの販売センスで、チーズ工房は評判を呼ぶようになり、わざわざ牧場まで来て購入する人が出てきた。しかし作れる量は限られていて、せっかく牧場に来てくれたのに、商品がないということも生まれてきた。そんななかで、温香さんは両親にジェラート工房の提案をする。

「ジェラートをやりたいと思ったのは、チーズの販売だけでは正直暇だったんです。当時チーズ工房は3時半までしかやっていなかったから。こんなんでいいんだろうかと思って、小学校で週に2回、アシスタントティーチャーみたいな形でアルバイトをしてたんです。 勉強が遅れている子にちょっと指示を出したりサポートをしていました。
その時に小学校では毎日の給食で牛乳を飲んでるのに、子供たちは牛のこと知らないなと気づいた。それと地域の仲間がやっている「モーモースクール」という小学校に牛を連れて行き、小学生に牛の授業を乳搾り体験とかを通して命の大切さを学んでもらおうという活動があることを知り、そこに見学に行ったんです。
その時に酪農家さんが子供達に話していることが素晴らしかった。私、酪農家の娘なんですが、当たり前に牛がいて牛のことを詳しく知らなかった。「モーモースクール」で酪農ってすごいんだという気持ちになりました。
一方で、チーズ工房で日々販売をしていると、お客さんが来てチーズを買って帰る。 一連の流れの中で牛に興味をもっている人もいないし買って帰るだけ。 なんか少し寂しいなと感じたんです。
もしもチーズを買うついでにゆっくり座って牛乳を飲んで牛を眺めるみたいな時間があればもっと牛のことを見てもらったりもできる。牛のことを知ってほしいって思ったのが先なんです」



ジェラートは牛のことを知ってもらう交流の場づくりがきっかけ

チーズの販売を手掛けるなかで、もっと牛と酪農の取り組みを広く知ってもらいたい。そこから生まれたのがジェラートのお店だったというわけだ。

「ジェラートって嫌いな人あんまりいないじゃないですか。子供からお年寄りまで客層がとても広い。より 多くの人に牧場に来てもらえる。 とてもいいんじゃないかと。
この辺は農業が盛んなので果物も手に入る。農家さんとコラボレーションして 地域の農業を全部で盛り上がっていきたいなと。
ジェラート店は補助金が取れなかったので金融機関から借り入れをしました。 私の力だけでは借り入れができないので父親の名前を借りました。 建屋は2000万円。器械も全部含めて4000万円近くかかりました。」

ジェラートの立ち上げは温香さんとアルバイト二人からスタート。最初は 5種類のジェラートとコーヒーと牛乳を出すお店だった。 2006年6月にオープン。まだ十分なオペレーションもうまくできなかったこともあり、全く告知もせずに始まった。 ゆったりとしたスタートだった。
牛との交流は最初からそれを目的としていたこと、牧場での酪農体験は温香さんが子供の頃から高秀牧場が行っていたこともあり、 それを引き継ぎ、より力を入れての取り組みとなった。

「口コミが 広がっていたのは、やはりジェラート 。作るのも楽しかった。毎日食材が手に入ると、これをジェラートにできないかなって考えて、作っては試食し、作っては試食を繰り返してレシピを増やしていったら百種類以上になった。
お客さんに『いつ来ても新しいものがあるな』って言われてとても嬉しくなって、どんどん新しいものを開発したりとか入れ替えたりしたり楽しかったです。
食材は、この周辺の農家さんに声をかけたのもあるし、うちのものを使ってくれないかって農家さんに言われたのもあります。 最初は自分から農家さんに声かけるのが多かったです。最初はトマト農家さんに行って『ジェラート作ってみたいけど買えますか』みたいなことから始まりました。
お客さんが席に座ってアイスを食べながら牛を見て、牛さんがいるからこんなに美味しいんだねと言ってもらえるとやはり嬉しい。私が求めたものはこれだよ、と。
牛がいて作り手がいて、それを感じてもらえる商品というのができているかなと思います。ただのアイス屋さんじゃないよっていう思いで作っています」

口コミの大きなパワーとなってくれた一つがサイクリスト。「牧場の入り口の看板から坂道を登っていくとジェラート店があり、そこでアイスが食べられる」と噂になった。
実際、牧場への道はゆるやかな坂道になっていて、よく手入れの行き届いた周辺の風景は、自転車を走らせるには、最上のシチュエーションといえる。

牧場の入り口にあるレンガ造りの案内。

牧場までの道。

牧場に入るところにある看板。


「チーズ工房だけの時は飲食店営業の許可を持っていなかったので牛乳を出すことさえできませんでした。チーズが売り切れてしまったらお手上げで何もできない。初日で売り切れてしまったら残りの日は全部休みにするしかない。せっかく行ったのに何もないとお客さんに言われてすごく申し訳なくて。
たとえチーズが売り切れてもジェラートだと売りきれないし、何より牛乳が出せる。私の中でとても大きかった。こんなおいしい牛乳飲んだことない、と来た人がSNSで発信してもらって広告宣伝をしなくてもいいくらいの力がありました」

「おいしいチーズやジェラートのためには、原料の牛乳がおいしいこと、そのために牛が元気っていうのは何よりも大事です。 高秀牧場の牛はいつも元気で健康なんです。元気な牛からいい乳質のミルクを新鮮なうちに使うのが最大のポイント。
そもそもチーズは市販の牛乳からではつくれません。殺菌温度が高くてタンパク質が熱変質しているからです。
うちでは牧場で生乳を低温殺菌してチーズを作る。 65°の殺菌で30分です。ジェラート工房のジェラートも低温殺菌の牛乳を使っています。街にあるジェラート屋さんも市販の低温殺菌の牛乳で作っている場合が多いですが、そのミルクに生クリームや砂糖を入れるときに衛生上、もう一度加熱しなくちゃいけない規定がある。
うちは牧場で採りたての牛乳を使っているから殺菌は一回でOKです。そこで味がかなり違ってきます。牧場のジェラートやソフトクリームのおいしい理由は、ここにもあると思っています」

ちなみに、チーズ工房のチーズはその後、フランスで賞を授賞。チーズ工房の立ち上げから関わった吉見さんは2018年には独立。高秀牧場から車で15分ほどのところに「 ハル フロマジュリ カフェ(haru fromagerie・cafe)」https://haru-fromage.com/ を開業。
原料のミルクは高秀牧場のものを使っている。高秀牧場は、吉見さんの技術を引き継ぎ、2名のスタッフがチーズを作っている。これらも評価が高く、数々の賞をもらっている。

チーズをたっぷり使ったピザもお店ではいただくことができる。

ホエーを使った珍しいチーズ。



馬上温香さんの夢は膨らむ。今後は、もっと地域にネットワークが広がり、カナダの大学で考えたツーリズムのプランを形にしていくことだ。

「マルシェとかやりたいですね。それとまだ具体的な形はないんですがファーム・ステイとか、一日一組とかでもできたらいいなと思っています。うちは農業体験はいくらでも提供できるんですが、宿泊体験ができる場がない。宿泊施設の運営等はそんなに簡単ではない。
この辺りはビー・アンド・ビー(B&B)とか民泊とかかたくさんあるんです。そういうところと連携できるといいなと思っています。」

ファーム・ステイ(Farm Stay)とは、農家での泊まる宿泊体制。フランス、イギリスなどは数多くあり、ベッドルーム、シャワー、キッチンなどもあり、快適に宿泊できるようになっている。
ビー・アンド・ビー(B&B)とは、ベッドルームとブレックファースト(Bed & Breakfast)の略。簡単な軽食が採れるベッドのある宿泊施設。イギリスでは約2万軒がある。いずれも全土のマップがあり、これらが地方への観光の誘致にも繋がっている。

「いすみ市も柿もぎ、稲刈り体験とかで、たくさんの人を呼んでいる。ツアーを組んでその辺を回れるといいなっていう話をしたりもしています。まだ連携が形になっていませんが、実現したら成田空港からたくさんの外国人観光客が呼び込めるんじゃないかと思っています」

一般社団法人中央酪農協議会『「酪農全国基礎調査」からみる日本酪農の現状』を見ると、酪農家戸数は20年間で37,400戸から、15,700戸まで減少。年間で約700戸(1日に約2戸)の廃業が続いている。https://www.dairy.co.jp/news/kulbvq000000mybw-img/kulbvq000000myd8.pdf  

また餌代が高騰。多くの畜産の餌は輸入に頼っている。コロナ以降、2割近く上昇している。コロナで業務用のミルクの需要が減ったこともあり、酪農は全国で厳しい環境にある。高秀牧場では、地域の農家の農地を借り受け集約するとともに牧草やトウモロコシなど牛の餌の完全自給を目指している。

「今、日本の酪農は厳しい。うちだって厳しいです。でもうちが厳しいんだから他はもっと厳しいと思います。ここに戻ってきたのは23歳の時で世の中のことを何も知らなかった。
私は生まれてから18歳まで牧場が実家なので両親が酪農をしっかりやってくれていた。循環型農業も。小さい頃からほかの牧場とうちの牧場は何か違うと漠然と思っていましたが、自分が学んでその違いがよく分かり、うちは絶対大丈夫だという自信があります。」

ジェラート工房から観ることができる牛の暮らし

「高秀牧場は有限会社で酪農生産。私は株式会社牛かうVacaで法人が別になっている。 営業的にまだ牧場には貢献してないんですよ。
これまでの会社の経営でつかめるものがあったので、また牧場の基本に戻って、経営統合して弟は牧場の経営に、私は6次化の経営観をしっかり持って相乗効果を上げていければと思っています。
私が高秀牧場を守るんだっていう思いはあります。」

 6次化とは6次産業のこと。1次は農林水産業、2次は工業、3次はサービス業。1・2・3を掛けると6になることからついた言葉。
つまり馬上さんが行っている農産物を加工して販売し、消費者の提供し、さらに観光にも繋ぐ。それがまさに6次産業というわけだ。農林水産省でも、さまざまな地域の活動、農業体験や、農家宿泊、ツーリズムなどを連携した地域創りを提唱していて、酪農の支援も含めて予算化もされている。

まさに馬上温香さんの活動は、今の時代の先頭を走ろうとしている。ますます夢は広がることだろう。


農林水産省「令和5年度農林水産予算概算要求の概要」
https://www.maff.go.jp/j/budget/r5yokyu.html

17 国産飼料の生産・利用拡大対策
https://www.maff.go.jp/j/budget/pdf/r5yokyu_pr17.pdf

64ー4 農山漁村振興交付金のうち農山漁村発イノベーション対策
https://www.maff.go.jp/j/budget/pdf/r5yokyu_pr64.pdf


馬上温香 まがみ・はるか
高秀牧場ミルク工房㈱牛かうVaca 代表取締役
千葉県いすみ市須賀谷1339-1
高秀牧場
https://www.takahide-dairyfarm.com/info/