WANマーケットコーナーで好評連載中の「金丸弘美のニッポンはおいしい!」について、金丸さんご自身が「月刊社会民主」19年9月号で記事を執筆されています。「月刊社会民主」さんと金丸さんご本人からの承諾を得て、記事を転載いたします。
「月刊社会民主」19年9月号より転載
「金丸弘美の田舎力 地域力創造」
Vol.115 新しい農業のあり方を見せる女性たちの活躍について講義
上野千鶴子先生の強い勧めで
フェリス女学院大学国際交流学部の非常勤講師として「地域と食文化」の講義をするようになって8年目になる。小生の著作を読んでくださった教授から声がかかったのがきっかけ。「国際交流学部で日本の地域を学ぶ講座がないのでお願いしたい」との話からだった。前期の半年、月曜日の1回だけの講義にしていただいた。声をかけてくださった教授は、とっくに定年で退職されてしまったのだが、講義は、そのまま続くこととなった。
今年の前期の最終講義で初めての試みをした。それは、農村の女性だけを取り上げるものだ。もちろん、それまでも、多くの女性の活動を紹介してはきているのだが、今回は明確に「若い人たちの新しい農業の提案と女性の活躍」とタイトルを付けた。
それには理由がある。2017年に、社会学者で東大名誉教授の上野千鶴子さんから、突然のメールが届いた。上野さんが理事長をされているウィメンズアクションネットワーク WAN(Women's Action Network) で、地方や農漁村の女性だけのレポートをしないかというものだった。しかもボランティアで。最初、お断りをした。ボランティアとは言え、簡単には書けないからだ。
それから、しばし、そのままになっていた。ある日、東京・谷中で映画監督の松井久子さんの映画「不思議なクニの憲法」の上映会があり、その後トークショーが行われゲストが上野千鶴子さんだった。お二人に面識があったことから出かけ、そこで松井さんと上野さんと再会をすることになった。
お二人に「覚えてらっしゃいますか?」と話しかけたら、「覚えてるわよ」と揃って返事が返ってきた。上野さんから農村の女性の話があった。「なかなか私たちは、地方に行けない。だから紹介をして」とかなりの念を押された。そのときパッと女性の顔が数人浮かんだ。そこでわかりましたと農村女性のレポートが始まった。上野さんがつけたタイトルが「金丸弘美のニッポンはおいしい」だった。
最初のレポートは愛媛県今治市の直売所「JAおちいまばり・さいさいきて屋」のケーキショップの立ち上げにかかわった菅真紀さん。完熟したイチゴのタルトを売り出し大ヒットさせた。目を見張ったのは、これまでにない発想の展開だったからだ。JAであれば、いままでは市場に出すのが主流。それを自らタルトにして商品を創り、現地で直接消費者に売ることが中心になっている。完熟のイチゴを使うので最上の美味しさ。生地が見えないほどイチゴが盛られている。形の悪いものはジェラートやジュースにもなるというもので、まったく無駄がない。
果物は、イチゴが終わると、イチジク、ブルーべーリー、マスカット、栗など、季節ごとに、旬が全面に登場をする。これが人気で売り上げが上がり雇用も生まれた。
しかも直売所自体が漁業組合と連携もしており魚も販売している。野菜、果物、花卉、魚、肉から加工品までが揃い、結果、地元の人から絶大な支持を得ている。動員は160万人をこえている。
「さいさいきて屋」は、何度か行っていたが、現場の女性の声を聞いていなかった。それまでの概念を覆す発想。彼女のおじいちゃんが「これからの農業は消費者と対話する農業になる」と言われたそうだが、まさに消費者との接点を女性の視点で菅さんは形にしていた。
このレポートのあと、また上野さんと会う機会があり「現場での持続社会を創っているのは女性の力ですね。改めてわかりました」と報告をしたら「そうでしょう!」と強く言われてしまった。そこから覚悟を決めて、全国の農業を始めとする食に携わる女性たちを取り上げ始めた。地方に行く機会があれば、できるだけ農業・漁業・食の現場で女性の話を聴くようにしている。
各地で活躍する女性たち
さて、大学の講義に戻る。これまでの地方の女性のレポートから5事例の女性をとりあげ紹介した。
村上智華さん。北海道十勝平野「レシピと食べ方がついてくる多彩なジャガイモたち」。24種類のジャガイモを栽培し、その特徴のデータを作り、どんな料理に向くかを調べた。そのうえで、1か月半に1回、料理レシピを作り購入先に紹介している。村上さんが東京の食の勉強会に毎月でかけ、そこで知り合った、バイヤー、料理家、スーパーなどを訪ね、そこから販売先を開拓。そこから直販で売り上げを伸ばし、レシピ付きのジャガイモが広がり、十勝にシェフも訪ねてくるようになった。
村上かほりさん。長野県塩尻市「学校給食と農家をつなぐコーディネーター」。市とJAが連携する公社に努め、農家と給食の栄養士・調理師の橋渡しをする。栄養士が農業の現場と農作物をよく知らない。そのためすれ違いが起こり、地元産の農産物が使われない。その橋渡しを村上さんが行う。この活動で、地域の産物の良さが理解され、地産地消が広がるきっかけとなった。
塚本佳子さん。「静岡県菊川市でゼロから農業開始、今では30ヘクタールの大規模農家へ!」。青年海外協力隊で、中南米のエクアドル共和国、アフリカ南部のザンビア共和国に行き、帰国をして群馬県の農家の法人「野菜くらぶ」の研修を受け専業農家に。タイ、ベトナムなど研修生を受け入れている。モスバーガー、しゃぶしゃぶ温野菜、生協などの野菜を栽培している。塚本さんのところで研修を受けた新規就農者が周囲でも独立、また海外の研修生には農業の技術を学んでもらい自国の活動につなげてもらいたいと夢を持つ。
吉川由美さん。埼玉県秩父市「国産ウイスキーの素晴らしさを一人でも多くの人に知ってほしい」。小さなウイスキーの蒸溜所「イチローズモルト」でブランドアンバサダーとして働く吉川さんは、バーのアルバイトから、カクテルのコンテストで賞をとり、帝国ホテルのバーテンダーに。そこからニュヨークを経て、ウイスキーの本場スコッチランドに渡り、バーと蒸溜所で働く。帰国後、ベンチャーの「イチローズモルト」に自ら売り込んだ。こうして、日本の優れたウイスキーを多くの人に知ってほしいと、国内はもちろん、ロンドン、パリ、ドイツ、オランダ、アメリカなどの展示会などにでかけ、ファンづくりをしている。
つぐまたかこさん。石川県「金沢のおいしい食を農家から消費者につなぐコーディネーター」。自称「食いしん坊を仕事にした女」。夫の仕事の転勤で大阪から金沢へ。大阪時代はリクルートで営業と編集を担当。そののち好きだった食に携わりたいとプロダクションで食べ物をテーマに取材・執筆をおこなうようになる。転勤先の金沢では自らプロダクションに売り込み。食に詳しいということが評価され、そこから、市、県、大学、食の調査、プロモーション、テレビなどの番組出演、商品開発、講師、雑誌での執筆など多彩な食のプロに。農家と消費者をつなぐ活動も積極的に行う。農家と料理家、消費者を繋ぐ活動を手掛ける。
そんな女性たちを講義で取り上げると、反響がとてもよく120名の受講生のほとんどがびっしり感想を書いてくれた。学生たちの多くの感想で目立ったのは、農業は「高齢者が多く、男性が中心で、いまはさびれている。若者がいないと思っていた」というもの。ところが、消費者の接点を作ることで活力が生まれて、若い人も働いていている。しかも行動力のある女性たちが、これまでとは違った視点で新しい経済を切り拓き地方を活性化させている。「女性にしかできない活動がある。自分も行動を形にしたい」「地域の貢献をしたい」「彼女たちのような国際交流をしたい」と、たくさんメッセージをレポートに書いてくれた。ここから新しい力が生まれるかもしれないと希望も生まれ、こちらのモチベーションもぐんとあがった。
「なるほど、上野千鶴子先生は、そこを狙ってらしたのか」と、いまさらながら納得。これは、もっと発信をしなければと発奮させられた。
そして上野先生に報告したところ「いい授業しているじゃない」とメールが返ってきた。