モイ!(Moi!こんにちは!)
森屋淳子です.

日本も急に涼しく,すっかり秋らしくなりましたね.
9月から1年ぶりに日本での病院勤務を再開し,バタバタする毎日を過ごしています.今回は私がフィンランドで行っていた研究内容と関連して集めた,「女性医師に関するデータ」をいくつかご紹介します.

2019年10月 滞在していた大学寮の廊下から見えた景色



1.女性医師が過半数のフィンランド.女性医師がOECDで最も低い割合の日本.
 厚生労働省が公表する「平成30年医師・歯科医師・薬剤師調査」によると日本の女性医師は2018年末時点で7万1758人であり,全体の21.8%です.10%にも満たなかった1970年代から比べると2倍以上の増加ですが,それでもOECD加盟国の中では最も低い状態です.
 一方のフィンランドは女性医師の割合が58%と過半数を占めます.下記の図を見ると,OECD加盟国の女性医師の割合の平均は48%となっており,日本(と韓国)の割合が異様に低いことが分かります.

OECD Health Statistics 2019による各国の女性医師の割合 2000年と2017年(または直近年) (Health-at-a-Glance-2019-How-does-Japan-compare.pdfより転載・一部加筆)



 日本では2018年に「医学部医学科入学者選抜の不正」が明るみに出ました.その背景には医療現場における性別分業意識に基づく差別/偏見の存在や,女性医師/男性医師に対する無意識の偏見の存在が指摘されており,WANにも様々な関連記事が寄せられました.私自身,「女性である」というだけで,入学試験で差別される社会に憤りを感じ,「ジェンダー平等先進国,女性医師が過半数もいるフィンランドでは,医療現場はどのように回っているの?子育て中の医師はどうしているの?」と切実な関心を持ったことが,フィンランドで女性医師の働き方に関する研究を行おうと思ったきっかけです.

2. 徹底的なデータ開示主義
 フィンランドでは,情報の透明性が徹底されています.フィンランド医師会による報告書「Physicians in Finland. Statistics on physicians and the health care system 2016」 には,医師数・医学生の推移,各専門医の男女比,勤務状況と男女比,地域別の各専門医の充足状況,地域ごとの患者数,初診までの待ち日数などのデータだけでなく,勤務先別の医師の平均給与までオープンに公表されています.報告書はフィンランド語だけでなく,英語も併記されており,外国人にもデータがオープンになっているのも素晴らしいです.ちなみに,フィンランドでは,なんと.毎年11月1日に全国民の課税所得が公開され,それを比較しあう慣習もあるのだそう.
 もし日本で同じことが行われたら大変な騒ぎになりそうですが,フィンランドでは給与にせよ,税金の使い道にせよ,情報の透明性が非常に重視されており,国民も「透明性が高いこと」を誇りに感じている様子です.また,「透明性が高いこと」は,「国への信頼度」や「属性による差別解消」にもつながっていると感じます.

3. フィンランドでは女性医師だけが増えている.
 下の図のとおり,1960年に2,915人だった医師数が,2016年には28,565人と約10倍に増加しており,2010年以降は女性医師が過半数を占めています.

フィンランドにおける医師数の推移(Physicians in Finland. Statistics on physicians and the health care system 2016より転載・一部加筆)



 また,下の図はフィンランドの生産年齢人口における専門医数の男女別推移となります.一目でわかるとおり,女性は増えていますが,男性は微減しています.これは新しく医師になるのは女性が多い一方,定年退職する医師は男性が多いことによります.

フィンランドの専門医数の男女別推移(Physicians in Finland. Statistics on physicians and the health care system 2016より転載・一部加筆)



 フィンランドの医師に「なぜ女性だけ増えているの?」と聞いてみたところ,複数の医師から「女性の方が真面目に勉強するから」との回答がありました.フィンランドが教育先進国として注目されるきっかけとなったPISA(国際学力比較調査)の結果を見ても,フィンランドでは女子の方が男子より学力が高いようです.また,女子の方が医療関係の職を希望する割合が多いそうです(習熟度のレベルの上位層の女子8名のうち5名が医療関係の職を希望しているのに対し,男子で希望するのは7名に1名).
 フィンランドには医学部のある大学が5つありますが,いずれも国立です.義務教育も高等教育も授業料が無料であるため,親の経済状況に関わらず,自分の意思で進路を決められます.さらに,フィンランド全体の傾向として,高校でなく職業訓練校,大学でなく高校職業専門学校を希望する人が多いらしく,高校と職業訓練校の進学希望は半々,むしろ最近では職業訓練校の進学希望の方が多いとのこと.
 あくまで私見ですが,フィンランドでは幼少時より「自分がやりたいことは何か」「そのために何をどう学ぶか」といった主体性を大切にする教育がなされているため,日本のように「自分のやりたいことはよく分からないけど,とりあえず大学へ」とか「偏差値が高いから医学部へ」という人は少なさそうです.また,いわゆる開業医制度もないため,「親の医院を継承するために何が何でも医学部へ」というのはなく,「子どもの人生は子どものもの」が徹底されている印象です.

4.フィンランドには50の専門分野があり,30の分野で男性より女性の割合が多い.

最新の専門医資格に基づく生産年齢人口における専門医の内訳(Physicians in Finland. Statistics on physicians and the health care system 2016より転載・一部加筆)



図が細かくて少し見にくいですが,左から各専門医の数,平均年齢,女性の割合,54歳以上の割合となっています.50の専門分野のうち,30の分野で男性より女性の割合が多いようです.
 女性の割合が特に多いのは,Child Psychiatry (児童精神科) 91%,Clinical Genetics (臨床遺伝科) 86%, Child Neurology(小児神経科)86%. 一方,女性の割合が少ないのはCardiothoracic Surgery(心臓胸部外科)9%,Orthopedics and Traumatology (整形外科・外傷科) 14%,Urology(泌尿器科)20%となっています.フィンランドでも外科系は伝統的で保守的な考えを持つ人が多く,他科に比べると柔軟に働きにくい,ということ.最近は,ワークライフバランスを重視する男性がどんどん増えていることもあり,なり手が少ないのが問題になっているようです.

 これだけ女性が多いと,子育てしながらでも無理なく働ける制度が整っているのも当たり前な気がしてきます.しかし,フィンランドでは「小さい子供がいる女性医師は特別扱いで,その分,周囲の医師が仕事を多く負担しないといけない」ということはなく,性別や子どもの有無に関わらず,全ての医師に「労働者の権利」が平等に保障されており,残業がないように業務量/人員配置がコントロールされている印象です.(「休むこと」が前提のシステムづくりについては,第2回のレポートをご参照ください)

 日本でも「医師の働き方改革」が進んでいますが,「医師は特殊だから残業が多くても仕方ない」,「女性は出産後,仕事ができなくなるから入試で差別するのも仕方ない」などと言う前に,女性医師が過半数いて,医師が残業しなくても医療の質が高い国がある,そのことを知っていただけると嬉しいです.

モイモイ!(Moi moi! さようなら!)

Oddi図書館の前でカナディアングースとお散歩する子ども達



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「フィンランドで見たジェンダー意識と子育て支援」バックナンバー

第1回(2020/2/10): “34歳女性首相”が誕生する社会

第2回(2020/3/10): 休むことはお互い様

第3回(2020/4/10): フィンランドの新型コロナ対策

第4回(2020/5/10): フィンランドの遠隔授業に思うこと

第5回(2020/6/10): フィンランドの子育て支援制度と課題

第6回(2020/7/10) : 夏休み中の伝統!公園での無料昼食サービス

第7回(2020/8/10): フィンランドの医療体験(緊急手術・入院編)

第8回(2020/9/10): フィンランドの医療体験(外来編)