女性学ジャーナル

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若い女性のフェミニズム離れをどう読み解くか 高橋 幸 フェミ嫌いと新自由主義  フェミニズムとの距離をどう取るかは、なかなか微妙な問題だ。男女平等社会の到来は歓迎するけど、フェミニストのレッテルを貼られたら損しそうだし、フェミニストを名乗る人たちも魅力的には見えないし……。  「フェミニズムから距離を取る若い女性」を「ポスト・フェミニスト」と呼び、彼女たちの本音をSNS上の言説から探る。「若い女性のフェミニズム離れ」を分析した本稿は、世間にあまねく蔓延する以上のような心情を知る上で、きわめて興味深い論考である。  読んだ人はみな叫ぶだろう。うわっ、日本とおんなじじゃん!  分析対象は英語圏の、それも2013年〜2014年の発言だけ。にもかかわらず「私はフェミニズムを必要としない、なぜなら…」ではじまる「ポスト・フェミニスト」たちの言い分は、どこかで聞いたような台詞ばかりだ。いわく「私は夫のためにクッキングするのが好き」(性別役割重視)。「私は女らしいファッションが好きで、女らしくありたいと思っている」(恋愛重視)。ことに「自分はフェミニズムが言うような『女性』ではなく『個人』である」(「個人」主義)は、いるよいるよ、そういう人!(特にキャリアウーマンに)と思わせる。ポスト・フェミニストの半数(47.8%)がこの種の「『個人』主義者」である、という事実はじつに今日的である。  主な投稿者は10代後半〜30代の若い層。「#WomenAgainstFeminism」というハッシュタグが立つこと自体、「そこまで熱心になる必要がどこにある?」だけれども、本稿が優れているのは、こうした「『個人』主義者」について「ジェンダーの問題を個人化し、個人の責任で対処すべき問題と見なす傾向は、新自由主義政権が進める『個人化』と共振する」と分析している点だろう。な、なるほど。「女性が輝く社会」とかホザいている安倍晋三政権の思惑も、それで説明がつくじゃないの!  ただし、読む上で多少の注意も必要だ。主としてそれは「2013年7月から2014年12月まで」という期間の問題に由来する。著者自身が指摘する「2015年以降の投稿は極端に減っている」、また「2017年10月以降は更新が止まっている」という事実は意外に重要なんじゃないか。  ハリウッドのセクハラ事件に端を発する「#MeToo運動」がやはりSNSから広がったのは2017年。日本でも話題になったチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(くぼたのぞみ訳・河出書房新社・2017)や、ロクサーヌ・ゲイ『バッド・フェミニスト』(野中モモ訳・亜紀書房・2017)の原書が米国で出版されたのは、いずれも2014年である。フェミニズムの巻き返しともいえるこうした現象は、若い女性たちが「ポスト・フェミニズム」の段階を卒業し、「ポスト・ポスト・フェミニズム」の時代に入ったことを示していない?  もっとも、そのくらいは著者も織り込みずみだろう。「個人」を尊重するふりをして社会運動を排斥する動きは、これからも繰り返し出てくるはずだ。そのときには「ああ、あれか」と思えばいい。それだけでも必見。肩で風を切って歩いている日本の「『個人』主義者」たちにもドキッとしてもらいたいわ。

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女たちの声(日本編) 井上 輝子 ・ 上野 千鶴子 タイトル:フェミニズムは人生に効く薬    少なからぬ女性が社会に対して違和感を覚える時期がある。例えば数年を主婦として過ごした後、学歴や能力に見合わない低賃金労働しか提示されない時。あるいは愛して結婚したはずなのに、出産後は家事育児などケア労働を妻に任せて知らん顔をしている夫に気づいた時。または残業できない人を二級労働者扱いする職場文化に接した時。多くの女性が「日本には女性差別がある」と気づく。  たとえフェミニストの自覚がなくても、ここに記されたアンソロジーを読むと「私の問題が書かれている」と思うだろう。明治維新から現代まで、日本の150年におけるフェミニストの思考と主張、分析、そして怒りの歴史だ。取り上げられた論文や寄稿のテーマを出版年と合わせて見ると、女性を取り巻く根本課題が1世紀を経て「変わっていない」ことに驚く。  例えば伊藤雅子「子どもからの自立」は1975年の出版である。母親に対する過剰な期待と自らそれを内面化して生きてきた女性に、個としての生き方を問う言説は、今も雑誌「婦人公論」でよくみられる。そして、その「婦人公論」には、今から60年以上も前の1955年に石垣綾子「主婦という第二職業論」が掲載され、他媒体、男女識者を巻き込んで「主婦論争」が起きた。議論の核となるのは、無償で社会的には評価されない一方、過重に愛と献身を求められる「主婦という仕事」の矛盾するありようである。    多少はフェミニズムの知識がある人も、第二波フェミニズムや主婦問題の火付け役はベティ・フリーダンの「フェミニン・ミスティーク」(1962年)だと思っていることが多い。先行して日本で質の高い議論があった事実は、もっと広く海外に知られるべきだ。    近年、母親がひとりで育児を担う「ワンオペ育児」が社会問題として認知されるようになってきた。問題の本質を上野千鶴子「家父長制と資本制」は次のように看破する。「家事労働という不払い労働が「層としての女性」に課せられている事態こそ、女性抑圧の物質的基盤であり、この物質的基盤の変革こそが、フェミニズム革命の目的である」。    この事実は本質を突いているがゆえに、当事者の強い心理的抵抗を呼び起こす。夫婦は愛で結ばれた共同体であるというロマンチック・ラブ・イデオロギーを、女性も強く内面化しているためだ。私はこれを「可愛い妻問題」と呼んでいる。諸条件に恵まれれば、女性にも仕事と育児の両立は可能だ。しかし、仕事と育児と可愛い妻の3つを同時にやることはできない。「どれか1つをやめて下さい」と言うと、多くの女性が反発する。    この文書はもともとスペイン語圏で出版するため作られた。日本語で先行する類似文献がないことを踏まえ、特別に日本語でも公開したものである。本アンソロジーには、他にもリプロダクティブヘルス/ライツ、性暴力、家制度など、女性を取り巻く諸課題を150年前に遡って記している。早いうちに読むほど、自分を縛っているものに気づきやすい。フェミニズムが人生に効く薬であることを、若い世代に知って欲しい。

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博士論文データベースを通して見る女性学/ジェンダー研究の40年 内藤 和美  原 ひろ子(お茶の水女子大学名誉教授)  日本の女性学・ジェンダー研究の学問構築から約40年の節目に、知の集積・資源の提供を目指す博士論文のデータベースをまとめられ、紹介されたことは意義があり、ご尽力された内藤和美さんに敬意を表します。このようなデータベースは、①これらのデータの詳細な分析により、ジェンダーに関連する学術的な傾向や特徴を可視化するなどして、これを基に知の共有化につなげられること、②研究者や学生の皆さんが、自分のテーマに関係する論文や関心のある論文を検索、閲覧できるようにして研究の助けになることの2つの視点から有益であると私は考えます。 一方で、内藤論文を見て、データベースを用いた分析は、まだまだ発展する可能性があるように感じました。  以下に、内藤論文を見ての振り返りや意見を述べたいと思います。 (1)学位の種類と名称  学位の種類と名称について、本調査では「学術」が約2割を占めるという点に着目されていましたが、最後に述べられているように、「博士(学術)」は各大学や研究科に依存するため、「博士(学術)」が多いということをもって何か評価をするのは難しい面があり(注)、結局は、個々の論文を読まないと本当の事は見えないでしょう。今回示されたデータ(表5)を見ると、人文社会科学を中心に多様な形で学位が出ていますので、例えば、当初10年間と最近10年間で出ている学位の種類・名称を比較すると、時代とともに女性学・ジェンダー研究において多様性が増している姿が見えてくるかもしれません。私としてはそう感じていますが、それが可視化できれば、広く共有することができます。 もう一つ、学位には日本語表記だけでなく、英語を用いた表記がある点も注意したいです。例えば、お茶の水女子大学では、日本語で「博士(学術)」と表しつつ、英語ではPh. D. in Gender Studiesを授与している事例もあり、このような点にも留意することが重要と考えます。論文に即し様々な取組が可能であり、英語でGender Studiesが学位名称に組み込まれれば、こうした表現が人々の目に触れ、周知され、賛否両論に関わらず、やがて市民権を得ていく足がかりになるでしょう。 (2)学位授与機関のこと  お茶の水女子大学(以下、お茶大)が学位授与機関として、女性学・ジェンダー研究による学位が群を抜いて多い(内藤論文で用いた検索語に基づく)点は、当該研究機関で働いた一員として喜ばしいことだと思いますし、私だけでなく多くの関係者の尽力によるものです。その要因は複数あると考えます。まず、①当該機関は、1975年の国際女性年第1回世界会議の年に「女性文化資料館」を設置し、女性差別撤廃条約批准後の1986年には「女性文化研究センター」を設立、1993年には博士課程に「女性学講座」を新設し、「比較ジェンダー論」と題する講義を始めるなど、「女性学・ジェンダー研究」に組織として位置づけて推し進めてきたことです。私も、その中で女性学・ジェンダー研究という、当時定着しにくい状態にあった学問領域を認める道筋を作るために効果的な行動や発言を常に考えて仕事をしていたように思います。また、②お茶大が研究機関としては女性教員が他の国立大学に比して多く、女子学生たちのロールモデルになりえたこともあります。そして、③最も大きな要因は、お茶大が、小規模国立大学ながら大学の存立基盤として、博士課程・博士号授与者を多々輩出することに力をいれていたことです。その意味では、当該教職員たちは、申請者のため、大学運営とその発展のため、実によく働き多忙な職場でした。 また、データベースで分析した結果をもとに、その対象を絞り込んで、インタビューなどの調査をしたり、違うデータを分析したりすることで新しく見えるものがあるかもしれません。  「表5、登録論文の学位授与機関の分布」について、件数の多さだけでなく、その広がりについても着目すると良いと思います。「他」の機関の240件に関し、例えば、その機関数を示したり、授与機関名を注に列記したりすることで、意外な発見があるかもしれませんし、件数が少数であっても、このことを可視化する意義や効果もあります。 また、学位の種類と同様に、例えば、当初10年間と最近10年間の学位授与機関を比較することによって、時代とともに女性学・ジェンダー研究の博士を輩出した機関の数や各機関における取組などの変化を可視化できれば、有意義でしょう。 (3)抽出に用いたキーワード・包摂した表現  内藤論文では、女性学・ジェンダー研究における基本的なキーワードをもとに整理・分析されたことと思います。一方で、表2-1及び表2-2に列記されているキーワードで論文を抽出されていますが、現状を考えると、このキーワード以外にもいれるべきキーワードがあるようにも思います。更に、時代とともに、抽出のためのキーワードはさらに増えていくことになるでしょう。例えば、既存の学問の対象にはなり得なかった課題群に光を当て、研究・究明がなされるとき、既存のカテゴリーや名称は役に立たなくなります。それは「そこに問題や・課題群がある」とする研究者たちによって、最適な概念や言語が見いだされ、創出され、カテゴライズされていくからです。また、過去の論文も含め全体を一貫して同じキーワードで抽出することで、傾向をより正確に見ることができるかと思います。 (4)さらなるデータ分析の精緻化に向けて  内藤論文で挑戦されたデータベース化した論文群の分析について発展させるためには、データ分析や標本となるデータの取り扱いの精緻化が重要であり、これに関していくつか気付いた点を述べます。 第1に、分析に用いる標本となるデータの取り扱いで、これは分析に客観性と説得力を持たせる上で重要です。例えば、内藤論文で述べられているように、2015年以降に関しては、未だ正確なデータ公表に至っていないことを考えると、時系列的な分析や傾向分析を行う際には、分析のねらいに応じて分析の標本に加えるべきか十分に精査することが必要です。また、博士論文は1年毎に見ると、どうしてもばらつきがあり、単年度の論文数で傾向を評価するのが良いか、それとも例えば5年間、10年間といった数年分の論文の数を単位標本として評価すべきかは議論があると思います。 第2に、分析の前提となる仮説と検証の精緻化です。このような分析は見えなかったものを可視化するだけでなく、女性学・ジェンダー研究関係者が感じていたことを多くの人に共有できる形で可視化するという視点が大事だと思います。そのためには、分析を行う当事者は検討する際に、例えば、この分野の他の研究者の分析や学会などでの議論を参考にしたり、論文データ等を用いた分析学、書誌分析学の知見を取り込んだりして、広い知見を活用することが有効だと思います。  最後に、本データベースとその活用・分析が発展していくことを期待します。今後のデータベースの共同運用化と可視化、国際比較への道筋、精緻な内容的・史的分析につなげることができれば、今後の女性学・ジェンダー研究の発展の一助になっていくことでしょう。 注:博士の種類・学術博士の由来:「文部省(現 文部科学省)『平成3年度 我が国の文教政策』によれば、「博士の種類は,昭和31年,学位規則により,従来の伝統的な博士を中心に17種類が定められた。その後,昭和44年に保健学博士が追加され,昭和50年には,学術研究の進展に柔軟に対応する必要があることや,博士の学位は,学問分野のいかんにかかわらず,一定の水準を示すという性格を有するものであり,その種類は簡素化することが望ましいことなどを考慮し,学術博士が設けられた。学術博士は,学際領域等既存の種類の博士を授与することが必ずしも適当でない分野を専攻した者に授与するという運用がなされてきている。」、そして「平成3年2月,大学審議会から「学位制度の見直し及び大学院の評価について」答申が行われたが,学位制度の見直しについての主な内容は次のとおりである。<br>    ア:博士の種類について,○○博士のように博士の種類を専攻分野の名称を冠して学位規則上限定列挙することは廃止し,学位規則上は単に博士とすること。 イ:各大学院において博士を授与する際には「博士(〔専攻分野〕)」のように,各大学院の判断により,専攻分野を表記して授与すること。 」 ウ:従来の学術博士と同様,学術分野や新分野を対象として「博士(学術)」と表記することもできること。 エ:修士の学位についても同様とすること。 文部省としては,この答申を踏まえ,平成3年6月,学位規則の改正を行った。」(http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad199101/hpad199101_2_152.html)  また、大学改革支援・学位授与機構が毎年、国公私立大学で授与される学位に付記される名称(日本語、英語)を調査している。平成28年度調査結果によれば、女性学やジェンダー学/研究を付記した学位は存在しない。

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アトピー性皮膚炎は母親の責任か? 2018/05/19 奥津 藍子  読みながら、何度も「そう、まさにそうなの!」と口に出しそうになった。  アトピーという、命に関わらない病気が蝕む子どもと母親の心。本論文に書かれているように私の母親も私と弟のアトピーの治療に奔走し、民間療法に手を出し、コロコロ変わる食事療法のブームに振り回され、ステロイドを巡って錯綜する情報に翻弄され、多大な時間とお金を費やした。しかし、それでもよくならなかった時の罪悪感ときたら。 ある時期から、気づいていた。母が苦しんでいるのは私たちの病気だけではなく、偏見だということに。 「子育ての仕方が悪い」かのように言う人もいれば、「妊娠中の過ごし方が悪かった」というような論調もあった。母はことあるごとに私たちに謝った。なぜ、謝ったのか。それは「自分がいい母親でないから子どもたちのアトピーが治らない」と母もまた思い込んでいたからだ。 「愛さえあれば治る」という、科学的根拠をまったく無視した当時の言説に母は追い詰められていた。ガンなど他の病気であれば決して「母の愛があれば治る」なんて言われないのに、なぜかアトピーにだけ過剰に求められる母の愛。そして多くの家庭がそうであるように、アトピーをめぐる記憶に父の姿はほとんど登場しない。 アトピーと母親という問題には、ジェンダーをはじめとして、この国の歪みが存分に詰まっている。そして母親は到底負えない責任を負わされて孤独な戦いを強いられてきた。が、アトピーと無縁の人たちにはまったく知られていないだろう。私が子ども時代一一主に80年代になる一一の母親たちに何が起きていたのか、この論文によって、改めて多くの発見があった。意欲的なテーマに取り組んだ著者に、拍手を送りたい。

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奪われた「言葉」と「記憶」を取り戻すためのフェミニズム ~セクシュアルアビューズサバイバーの当事者研究~ 2018/05/19 荒井 ひかり 被虐待経験や母との関係を語る文章を目にすることは珍しくなくなった。やっと、という思いである。被害という言葉は加害を告発するという意味が含まれているはずなのに、窃盗や交通事故の被害とは異なり、DVや性暴力は被害者がスティグマタイズされてしまう。被害もまたジェンダー化されるために、多くは語られず、なかったかのように被害者は生きなければならない。#MeToo!のムーブメントが静かに広がっているのは、あの華やかなハリウッド女優たちも自分と同じ経験をしていることを知り、国を超えた「仲間」を得ることでカムアウトする勇気をもらう女性が多いからだろう。 しかし性虐待(近親姦)被害は、その背景やプロセス、構造の複雑さから、連続してはいるものの同じ平面上で語ることは困難だ。「記憶」が問われるからである。トラウマ記憶に関しては研究が進んでいるが、定義される以前に意味不明の症状(著者は摂食障害を発症した)や、奇妙な体感が先駆する。何故なのか、何なのかがわからないままフラッシュバックが起きる。性虐待・トラウマと命名できるまでの混迷の深さ、自己定義してから始まる新たな混乱と怒りは、しばしば当事者がそれを語ることを妨害する。しかし言葉がなければ、新たな語り直しがなければ生きていくことはできない。このような切迫感が本論のいたるところに満ちている。「失われた記憶が蘇る度に、連なりが途絶え、私は自分を作り直さなければならなかった」というくだりは、胸が痛む。 これだけ多くの言葉が日々ネットやメディアを通して溢れているのに、性虐待被害者がサバイバルするために必要な言葉を与えてくれたのはフェミニズムだけだった。「この当事者研究の目指すところは、フェミニズムの言葉によって自分を作り直した軌跡を辿ること」なのである。これは研究の原点を私たちに突きつける。客観性やエビデンスの持つ価値を否定するものではないが、ひとりの人間が生きていくためにどうしても必要な言語的活動はすべて研究と呼べるのではないか。本論は、既成の心理学や精神医学が取りこぼしてきた(もしくは僭称してきた)被害者像を当事者がフェミニズムの言語を用いて作り直し、しかもそれは仲間とともに行われることを示した。このような当事者研究と、客観性と論理性を旨とする既成の研究とを架橋するのが研究者の役割ではないだろうかとさえ思う。 もっとも秘されタブー化された性虐待被害者たちが、生き延びるためにほかでもないフェミニズムを必要とした。本論は当事者学としてのフェミニズムという原点を明確に示したものだろう。著者の勇気を称えたい。

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竹村 和子――友情およびアメリカ研究と日本研究のクィア化について 2018/05/19 Keith Vincent 米文学研究者として出発後、ジュディス・バトラー、ガヤトリ・スピヴァクなど、海外の先鋭的理論家の邦訳を手がける傍ら、自らもセクシュアリテイに関わるラディカルな問いを発し続けることで、日本のフェミニズム界を牽引していた竹村和子さん。そんな彼女が突然の病に没してから早くも七年が経つ。本稿は、早くから彼女と親交を結んでいた日本文学研究者でクィア理論家のキース・ヴィンセント氏がフェミニストとしての竹村さんの思考の軌跡を独自の立場から辿ろうとした極めて刺激的な論考である。 現在ボストン大学で教鞭をとるヴィンセント氏は竹村さんとは常々、自身は米国にいて日本文学を研究する一方で、彼女は米文学を日本で研究していることについて冗談を交わし合っていたという。その後、彼はこの話題が実は竹村さんにとって頭から離れないほど重いテーマとなっていたことを悟る。それを彼に知らしめたのが、遺作としての彼女の英米文学論集『文学力の挑戦』の最終章にあたる「ある学問のルネサンス?英(語圏)文学をいま日本で研究すること」なのであった。 本論の後半部でヴィンセント氏は、この章の綿密な読みを展開することで、果たして「英米文学を研究する日本人」であることが竹村さんにとって「何を意味」していたかを、まるで優れた推理作家のごとく鮮やかな手さばきで解明してゆく。仮に日本のかつての多くの英米文学者が自らの研究対象を熱心に研究することで、英・米というより卓越した帝国としての国家との一体感を果たさんとしていたとすれば、ちょうどその逆を行こうとしていたのが竹村さんで、それを助けたのが、国家をはじめとするホモソーシャルな集合体を批判する学としてのセクシュアリティ研究への竹村さんの傾斜であったというのだ。 本論文は、文学もまたそれぞれの国のナショナルな欲望の装置として作用しうるという重要な事実に目を開かせてくれるとともに、孤独に一つ一つの作品に向き合い、そこから漏れ来る諸々の得体のしれないものに遭遇しうることにこそ文学の喜びがあるということも伝えてくれる。何よりもまず本論は、二人の優れたフェミニスト学者が国境を超えて交わしえたかけがえのない友情を跡づける物語でもあることを強調しておきたい。

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