女性学ジャーナル

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鼎談: 国際シンポジウム「メキシコと日本における女性の平等、解放、エンパワメントに向けて」を終えて 井上輝子・上野千鶴子・田中道子 以下はSimposio internacional "Mujeres por la igualdad, la liberación y el empoderamiento en México y Japón, 1888-2018"(メキシコと日本における女性の平等、解放、エンパワメントへ向けた国際会議)2018年11月21-23日にEl Colegio de Mexicoで行われたシンポジウムに参加した井上輝子、上野千鶴子、田中道子の鼎談である。 詳細
私にとっての「女性学」という場 ――水田宗子の女性学と草創期の議論を再考して―― 石島亜由美 本論は、1970年代から1980年代初頭にかけて日本で発表された女性学第一世代の女性学に関する論稿を考察し、各研究者が初期の段階において何を問題化したのかについて論点整理を行い、草創期の女性学像を明らかにするものである。
加えて、日本では稀有だった分離型女性学を創設した水田宗子の思想を考察し、その水田が設置した城西国際大学大学院を研究の場としてきた私の立場から、私自身にとって女性学の場の意味は何であったのかを振り返るものである。
考察の結果、女性学とは、性差の権力関係を問題とし、その事態の解消を目指して、既存の学問体系に対峙する女性学的知性を構築する営みであったことが分かり、各研究者の女性学にコミットする「当事者性」を捉えることができた。また、私自身の立場から女性学とは、性差の権力構造の中で言語化できなかった個別の経験を言語化することによって、その問題構造を問い、一人ひとりがそこから解放されていくプロセスであったことを振り返った。すなわち女性学は、実存と切り離せない、各個人のフェミニズム意識の実践の場であることを結論づけた。


My position in the women's studies that Mizuta Noriko created: Reconsidering the women's studies in its founding period in Japan

This paper examines the discourses of the founders of women's studies from the 1970s through the early 1980s in Japan, so as to clarify the point of argument of each scholar and how respective idea of women's studies was formed, with a special focus on Mizuta Noriko's works.

Mizuta was only one in Japan who founded an independent course of women's studies, namely, the department of

リサーチ

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石内都の「横須賀ストーリー」 境界の傷跡 但馬みほ 石内都の「横須賀ストーリー」
境界の傷跡

本稿は写真家石内都の初期作品を分析する。日本の内部にありながらアメリカとの<国境>を有する特殊なトポスである神奈川県横須賀市を舞台とした石内都のデビュー写真集『絶唱、横須賀ストーリー』と『YOKOSUKA AGAIN 1980-1990』、『CLUB & COURTS YOKOSUKA YOKOHAMA』を分析対象の中心に据えて、軍事基地の存在が横須賀に強いる過剰な身体性と、その反動としての石内作品における身体性操作のありかたを解き明かす。客体をつねに必要とする写真という視覚芸術において、石内が対象の<身体>をどのように表現しているかを検証する本稿では、石内の初期作品に顕著な性的身体の欠如から、その後一気に身体を前景化した作品へと転向する契機に、横須賀における<アメリカ>の存在があることを論証する。
写真行為を通じて「横須賀」と「母」から受けた「傷」と向き合い、選択の余地なく付与された自分のなかの「女性性」と深く切り結ぼうとする石内の側面に光を当てることで、本稿は「横須賀」と「母」を結ぶ一本の線上にアメリカが存在することを指摘し、両者から受けた「傷」を写真行為で定着させることによって、石内がいかに傷を克服し、自ら<女性>として生まれ変わっていくかというプロセスを、日本の敗戦と関連づけて考察する。

Borderland Full of Scars:
Ishiuchi Miyako’s Yokosuka Story

This paper analyzes the early works of Ishiuchi Miyako (1947-), an internationally renowned Japanese photographer, in which she focuses on her hometown, Yokosuka that is one of the most strategically important locations for the United States Naval Forces operating in the Pacific. Yokosuka is unique in such a way that it contains a nationa

カルチャー

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若い女性のフェミニズム離れをどう読み解くか 高橋 幸 1980年代のフェミニズムバックラッシュ以後の英米では、フェミニズムから距離を取る若い女性(以下、ポスト・フェミニストと呼ぶ)の調査研究が進められてきた。ジェンダー平等を望ましいと考える点で第二波フェミニストとポスト・フェミニストは共通するが、ポスト・フェミニストは、ジェンダーを個人的な問題として捉え、女性という集合的アイデンティティを避ける傾向を持つ(Jones 2016)。ポスト・フェミニストの具体的な主張内容を明らかにするため、本稿は2013年から2014年にSNS上で生じた英語圏の#WomenAgainstFeminismを分析する。
分析の結果、次のことが明らかとなった。1)ポスト・フェミニストは、自らの経験に基づいてもはや社会的なものの領域での女性差別はなくなったと認識しており、それゆえ、現在ジェンダーが問題になるのは家庭生活や恋愛といった個人的なものの領域においてのみであると考えている。2)また、家庭や恋愛での女性役割を楽しみたいという主張を持っているが、このような見解がフェミニストによって批判されていると思い込んでいるがゆえに、フェミニズムに反対している。3)恋愛や家庭生活において評価される能力や魅力と、社会的なものの領域で要求される能力や魅力とが、男性の場合よりも女性においてより乖離しているという社会構造上のジェンダー非対称性に起因する問題を、「女らしさ」「女性的魅力」を磨くことで乗り越えようとする姿勢がポスト・フェミニストには見られる。

キーワード:ポスト・フェミニズム、個人化、SNS、ハッシュタグ・アクティビズム

After the period of backlash against feminism in 1980s, some young women reject to be called “feminist”, and others show ambiguous or opposing attitude toward feminism. They are called “post feminists”. Many researchers have studied their attitudes and claims (Aronson 2003, Jordan 2016). This essay analyses the l

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女たちの声(日本編) 井上 輝子 ・ 上野 千鶴子 概要はなし概要はなし

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博士論文データベースを通して見る女性学/ジェンダー研究の40年 内藤 和美
女性学・ジェンダー研究(以下、WS/GSとする)の知を集積して活用に供する資源に1つを加えることを目的に、また、そこに日本のWS/GSのアイデンティティが蓄積されていくようにとの意をも含んで構築し、2012年8月の公開を経て個人で管理運営してきた「女性学/ジェンダー研究博士論文データベース」(以下、WSGSDDBとする)は、2017年9月に、認定特定非営利活動法人ウィメンズ アクション ネットワークWomen's Action Network(以下、WANとする)に移管された。
本稿では、823本(2018年7月末現在)のWSGSDDB登録論文の情報を切り口に、日本のWS/GSの40年間の蓄積を示すとともに、WAN移管によってて共同化・公共化が進んだことによるデータベースの今後の活用可能性の拡大について記したい。

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アトピー性皮膚炎は母親の責任か? 2018/05/19 奥津 藍子 雨宮のエッセイにおいて、患者自身は症状によって精神的に追い詰められていたが、症状のない母親も子どもと同様に、疲れ果てていた。なお、こういったことは、雨宮らに限った話ではなく、アトピー性皮膚炎をもつ子と母をめぐっては「よくある話」である。アトピー性皮膚炎という病いを考える際には、当然「当事者」である患者自身が注目されがちだが、母親たちはその陰で、子どものケアを一身に引き受けている。彼女たちはそれぞれ壮絶な経験をしており、単なる「患者の母親」というカテゴリーには収まりきらないほどの強い当事者性を持っている。そこからは子どものケアを強迫的に遂行している様子が伺えるが、母親たちをこれほどまでに突き動かし、追い詰めるものとは何だろうか。アトピー性皮膚炎の子をもつ母親たちが抱える困難やストレスの背景にあるものを、今一度見つめ直す必要があるだろう。

本研究は、一般に「アトピー本」と呼ばれる啓蒙書の言説分析を通じて、アトピー性皮膚炎がいかに母親の責任としてジェンダー化されるかを明らかにする試みである。

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奪われた「言葉」と「記憶」を取り戻すためのフェミニズム ~セクシュアルアビューズサバイバーの当事者研究~ 2018/05/19 荒井 ひかり  本論は、当事者研究として、性的虐待を受けた経験を、フェミニズムの言葉により定義し直し、自己を取り戻していく記録である。

 上野千鶴子、信田さよ子による対談『結婚帝国』を主題とし、『PTSDの医療モデルへの回収以外の道である、言語化、理論化の方法での自己申告』を実践する。

 これにより、自らの経験を安全な場で語ることが、心的外傷からの回復の道であるということを示したものである。

Feminism to Recover Divested Speeches and Memories

ABSTRACT

This article examines how a sexual abuse survivor has learned to use the vocabulary of feminism to redefine her experience and reconstruct herself. It is also a document of toujisha kenkyu 当事者研究, which is known among Japanese feminists as experience-based research conducted by and for the toujisha: the concerned party. Mainly referring to talks between Chizuko Ueno and Sayoko Nobuta in a book entitled Kekkon Teikoku: Onna no Wakaremichi (The Empire of Marriage: Women’s Dividing Path), it describes an attempt not to locate oneself in a medical model of PTSD but to practice “self-assessment by way of verbalization and theorization.” It thereby suggests that a self-narrativization of one’s own experience in a safe place could

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竹村 和子――友情およびアメリカ研究と日本研究のクィア化について 2018/05/19 Keith Vincent この論文を本号に収容するにあたり,竹村の仕事を振り返り,彼女の仕事をさらに読む機会だけでなく,日本人アメリカ研究者と米国人日本研究者にはどのような共通点があり,フェミニズムとクイア理論がそうした共通項を表現するのにどう役立ちうるのか,広範に考える機会を与えられたことに感謝している.竹村の目を通して,米国におけるフェミニズムとクィア理論の歴史の様々な側面とあらためて邂逅し,そして多くの場合それらを初めて知ることとなったことも喜びでした.たとえば,彼女の2012年に出された『文学力の挑戦』のおかげで,私はルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』がクィアなテクストとして読めることを今では知っています.また,ケイト・ミレットの1970年の古典作品でフェミニスト文学批評の著書『性の政治学』が,ジャン・ジュネのジェンダー体制に対する姿勢を好意的に書いている章で終わっていることや,D・H・ロレンスのホモフォビアとミソジニーについてのミレットの分析が,15年後の『男同士の間』のイヴ・コゾフスキー・セジウィックの仕事を先取りしていることも学びました.アメリカの反‐知性主義に関する秀逸な章では,19世紀の「ノウ・ナッシング党」に立ち戻りながらリチャード・ホフスタッターの古典作品を援用し,ジョンズ・ホプキンス大学拠点の学術誌『哲学と歴史』が1998年にジュディス・バトラーに与えた「悪文大賞」授与の状況を説明しています.その章で彼女が指摘しているように,バトラーよりずっと難解な文章を書くポスト構造主義理論家たちはいくらでもいたし,マスメディアの耳目を引けなかっただけで他にも選考された受賞者は何人もいました.これら二つのことは,バトラーの文章の伝説的な難解さというよりも,むしろ古き良きアメリカの反‐知性主義に根深く命脈を保ち,ジェンダーや性の規範を堅牢に防御している『常識』という概念にそれが突きつけた挑戦こそが問題であったことを示唆しています.

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