わいわいWAN

わいわいWANは、 若い世代を中心としたオンライン&オフラインの集まりです。しごと、キャリア、恋愛、結婚、出産、育児のさなかにいる自分たちの感じたことや思ったことを、語り合い、つながり、情報を発信していく場です。 オンラインではそれぞれの身近な問題や出来事について自由に語り合い、オフラインではわいわい楽しく交流していく場を提供します。

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「コロナ禍でどうしてる?」 2020年04月24日 15時10分 19
ゲームばかりする夫をどう思いますか? 2016年06月24日 21時53分 1
夫に死んでほしい妻たち? 2016年05月19日 10時25分 2
平日のPTA活動について… 2015年11月12日 20時04分 2
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一人大黒柱の男性社員sが多様な人たちを働きにくくしている 2019年12月21日 22時18分 148
派遣社員が物申す!④ 2019年06月04日 23時26分 0
既婚者優先の年末年始休暇について 2018年10月12日 00時39分 2
ズバリ悩みは全国転勤 2017年06月30日 20時34分 0
派遣社員が物申す!③ 2017年06月25日 22時42分 4
派遣社員が物申す!② 2017年05月26日 19時39分 4
派遣社員が物申す!① 2017年05月10日 00時01分 1
今日の係長語録⑧(ひとまず最終回) 2017年03月29日 00時13分 1
今日の係長語録⑦ 2017年03月22日 20時58分 2
今日の係長語録⑥ 2017年03月15日 00時25分 4
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夏休み、旅行はどうされますか? 2020年08月06日 08時35分 0
初飛行機…! 2017年02月20日 23時57分 4
台湾の慰安婦記念館に行ってきました! 2017年02月09日 23時42分 1
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真夏おすすめの食べ物ありせんか? 2016年07月10日 16時49分 2
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2000万円問題 2019年06月12日 21時18分 0
選挙は買いか 2017年10月05日 22時05分 0
the 都議選 2017年07月02日 22時13分 0
確定申告の季節ですね 2017年03月05日 13時50分 5
貯蓄から投資へ、ではなく 2017年02月09日 00時18分 2
通貨が変われば金利も変わる 2016年11月06日 23時20分 0
子育て女子の選ぶ保険とは?その2 2016年06月21日 23時18分 0
子育て女子の選ぶ保険はどれ?その1 2016年04月05日 23時00分 2
住宅を買うなら 2016年02月02日 13時46分 158
NISAについて思うこと 2015年11月21日 00時19分 0
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Let’s腸活♪ 2017年02月17日 23時32分 1
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被扶養者って何? 2016年05月24日 20時32分 1
『痴漢を離さないで』 2016年02月18日 14時33分 2
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映画『この星は、私の星じゃない』 2019年06月22日 22時40分 0
ストーカーとの七〇〇日戦争 2019年06月19日 21時20分 0
アサイラム・ピース 2019年06月16日 21時32分 0
APIED アピエ 2019年06月17日 23時27分 0
作家・画家・歌人・詩人 2019年06月15日 00時38分 0
「この星は、私の星じゃない」 田中美津 岩波書店 2019年06月13日 21時35分 0
Papa told me 2019年06月12日 21時50分 0
女たちのテロル ブレィディみかこ著 2019年06月08日 23時05分 0
ニキ・ド・サンファルの映画を作ろう! 2018年04月06日 20時06分 0
映画「愛しのグランマ」 2016年06月05日 14時28分 2
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防災・減災について、皆さんのご意見ください。 2016年03月28日 23時45分 1
お母さんだけの部屋 ~その1 お母さん、部屋をつくる~ 2016年02月23日 15時35分 2
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衆議院解散総選挙、皆さんはどう思いますか? 2017年10月02日 10時00分 0
家事は気づいたほうが率先してやればいい 2017年03月11日 00時53分 3
自己責任?? 2016年06月04日 20時36分 2
『ナオミとカナコ』 2016年03月06日 20時29分 1
『偽装の夫婦』面白いです。 2015年11月15日 18時13分 0
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保育園って子育てする人の見方じゃないの? 2018年05月10日 09時40分 0
結婚届が幸せを決める?! 2017年03月09日 02時44分 3
女の子なのに?男の子なのに? 2016年09月07日 13時58分 1
育児の大変さ 2016年01月29日 23時24分 4
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先の見えない自粛生活~3密でコロナ破局?~ 2020年05月03日 16時09分 0
山尾志桜里議員の「不倫」って何が悪いの? 2017年09月08日 19時32分 30

新着記事一覧

  • 女性アーティストたち!―塩田千春の後ろにあるもの  ◆フックス真理子

    2026.07.28 Tue

    おっかけの始まり きっかけは、越後妻有の「大地の芸術祭」だった。もう20 年も続く芸術祭だそうで、3 年ごとにアートトリエンナーレを行う地域活性化のイベントとして始まったという。3 年ほど前、たまたま新潟に行く用事があり、ほとんど何の予備知識もないまま、その帰りに立ち寄ってみたのだった。その時は通常時だったので、特に大きな催し物はなく、広大な里山のあちこちに芸術作品が展示されているだけだった。それ自体、なかなか面白く見たのだが、訪ね歩いているうちに、その中の一つの作品に心惹かれた。一軒の家の内部全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされた黒い糸。糸の後ろ側には、いくつかの生活用品。作者によれば、それらは、地元の人たちから集めた「要らないけれども捨てられないもの」だそうで、家具、衣類、書籍などがばらばらに置かれていた。そして、これこそ空き家に染みこんだ記憶を紡いでいるものだという説明。なんて面白いんだ!と感激して、家の前の立て札を見たら、「家の記憶」とあり、作者は塩田千春(日本/ドイツ)と書いてあった。ドイツ?!これはもしかしたら、どこかに何かのつながりがあるかもしれないな。  そう思って、ドイツに戻ってきて、うちの公文の教室助手で、本業アーティストにその作品を見て大変印象に残ったという話をしたら、なんと驚いたことに、彼は塩田千春と同じ日本の大学の後輩でもあり、彼女を個人的にもよく知っているのだという。さらに、数年前、デュッセルドルフ近くで彼女の展覧会があった時、お手伝いもしたのだそうだ。これはびっくり、世の中狭い!  そして、彼からその時の展覧会カタログを借りてきてじっくり家で見た。これがまた、彼女のファンタジー世界を映し出していて、ものすごく面白い!  ああ、一度本物を見てみたいものだと思っていたある日、ケルン日本文化会館から来た催し物案内に、塩田千春の名前の講演会があるのを見つけた。これは絶対に行かねばならぬ!もちろん、うちの助手にもその講演会について知らせた。 それは2 月の雪混じりの天気の日だった。運転にあまり自信のない私は、自分を励ましながら、アウトバーンを飛ばして70km の道のりをケルンまで出かけた。だが、決死の覚悟で行った甲斐があったと思った。実に興味深い講演だったのである。彼女は、自分の作品群のスライドを見せながら、日常の中にある記憶の痕跡、生と死、不在と存在など、糸に紡がれた作品の中に垣間見える瞬間について彼女の思いを語った。 さまざまなきっかけで、人は自分の人生の中で、これらに対する問いに出会う。これっていったいなんだろう。私たちに分かるようでいて、その答えの見つからないもどかしさ。けれど、私たちは時とともにその答えのない問いを心の中に封印し、また日常を生きていく。塩田千春は、その問いかけを私たちに放っておかせない。目に見える形で私たちの前に取り出し、ぐいぐい迫る。彼女の作品の後ろには、その記憶を共有しながら、また歴史の闇の中に消えていく人々への温かい共感と連帯がこめられている。講演会の後、参加していたうちの助手とともに、個人的にお話する機会もあり、大満足でまた恐怖のアウトバーンを70 ㎞運転して帰宅した。 トリノの展覧会  おっかけはケルンだけでおしまいにしなかった。彼女のサイトで、日本でも開かれたのと同じ展覧会がトリノで開催されることが分かった。これは絶対に観に行かねば!ちょうど春休みをはさんでの期間だったこともあり、私はトリノに出かけて行った。これまたうかつにもイタリアということだけは知っていたのだが、それ以外ほとんどなんの知識もなかった。飛行機でアルプスを越えてたどり着いたトリノは、そこで初めて分かったのだが、山に囲まれた美しい町だった。  開催地はそこの東洋美術館。これが塩田作品にぴったりの場所だった。入口前には、統一後のベルリンの工事現場で集めたという窓をいくつも掲げた作品。そこを入ると、赤い糸が張り巡らされた空間、黒い糸の部屋には壊れたピアノ。 何よりも面白いのは、この東洋美術館の常設展示とおぼしき仏像など、普通に想像できる東洋美術作品がところどころに混じって置かれていることだ。塩田作品とて東洋美術のカテゴリーなのだが、そのミスマッチが笑いを誘う。思いきり挑発的なのは、仏像群の中に、赤い糸をまとうマネキンがさりげなく配置されている部屋だった。かばんを吊り下げて上下に移動するオブジェ、ミニチュアの家具などをバラまいた平面、どれを見ても発想が面白い。その原点ともいえる、塩田千春が5 歳のときに描いた絵も展示されていたが、日本の小学生の夏休みの宿題のようなひまわりと蝶の絵だった。その絵からいくたびかの年月を経て、ここまでたどりついたのだということを知ることもできて、その道筋に大いに敬意を抱いた。それはしかし、決して楽な道ではなかっただろう。 ベルリン 芸術家としての自由  ゲーテ・インスティトゥート東京で、塩田千春の「私自身であればいいという自由」というタイトルの動画がアップされている。そこで、1997 年からベルリンに住んでいる塩田がその場所について語っている。来たばかりのころは、ドイツ統一後まもない時期で、ベルリンはあちこちで工事が行われており、実に混沌とした様子だったという。ただ、アーティストやキュレーターがたくさん住んでいる、何をしても許される自由な雰囲気だった。日本では現代アートの世界は圧倒的に男性優位な社会で、ある種のコンプレックスを感じていたが、ベルリンに来て塩田はそれから解放されたという。まさにこの動画のタイトルである自分自身の自由を獲得したのだと語っていた。  塩田は、アーティストが自由に表現できて、それが正当に評価される社会が今のベルリンにあると言うが、果たして昔からそうだったのだろうか。筆者の友人で、学生運動華やかなりし1968年ごろベルリンの美大の学生だったErika に話を聴いた。ギムナジウム卒業までデュッセルドルフで過ごしていた彼女は、ベルリンに行ってその自由で生き生きとした雰囲気に圧倒され、何もかもが目新しかったと言う。  ただし、彼女が証言したように、いわゆる68 年世代の前までは、そこにいるアーティストたちはもちろん、美術大学の学生たちも、その多くが男性だった。そこへフェミニズムの波が押し寄せ、芸術を学ぶ女子学生の数も増えていく。ちなみに、2025 年夏学期現在のベルリン芸術大学(UdK Berlin)では、女性56,8%、男性39,5%、その他3,7%である。また、女性の教授や講師も以前はほとんどいなかったのが、現在では、女性36%であり、全体の傾向と比べてもかなり高い方である。  日本の美大の場合と比べてみると、興味深い。日本の主要な美大の女子学生比率は73,5%、つまり、圧倒的に女子学生が多いにもかかわらず、教授陣では19,2%が女性と逆転する。この不平等な問題に対して、ようやく是正の動きが上がってきているが、ドイツのように、法的強制力をもつクオーター制などはなく、まだしばらくはこの状態が続くことと思われる。 「女性アーティストたち! モンジェからミュンターへ」 だがしかし、68 年を契機として、ベルリンで女性アーティストたちが男性と対等に扱われ、自由な表現が見られるようになったドイツでも、その昔は女性たちにとってはイバラの道だった。2025年秋から2026 年春まで4 か月以上にわたってデュッセルドルフのアートパレス美術館で開催された「女性アーティストたち!」展がそれを物語る。タイトルに感嘆符がついているのが、暗示的だ。大きな自意識の表出であり、不平等に抗す女性たちの抗議を代弁するものでもあり、彼女たちに連帯を示す印であるともいえる。期間中、あまりに面白かったので、私は2 度この展示会を訪ねた。いったいどんな意図をもって、開催されたのか。  そもそも女性たちは芸術の場から、長い間ずっと排除され続けていた。実は、デュッセルドルフは、ベルリン、ドレスデンなどと並ぶドイツの美術市場の拠点である。特にデュッセルドルフの芸術アカデミーは芸術を学ぶ者にとって、最高峰の教育の場であった。しかし、女性たちが入学を許可されたのはようやく1921 年のこと、男女平等を定めた1919 年のワイマール憲法がそれを可能とした。 それまで、女性芸術家たちは当時世界的に有名だったデュッセルドルフという「芸術の町」に集まり続けていた。著名な男性画家から個人レッスンを受けていたほか、独自に立ち上げた私塾で学び、アトリエを共有し、経済的・精神的に支え合っていたのだという。まさにシスターフッドの世界である。彼女たちは、そのネットワークを活用し、それぞれがプロとして活動していた。ただし、その業績が大きく取り上げられることはなかった。  この歴史を掘り起こすべく、2021 年からこの展覧会のための大規模調査が行われた結果、1819年から1919 年までの100 年間そこに連なっていた女性アーティストたちが特定された。それまで約200 人と推定されていたのが、全部で500 人にものぼるという新たな事実が判明した。中には、国際展に出品したり、賞や奨学金を受けたり、重要なコレクションに作品が収蔵されたりした女性もいるにはいた。しかし、彼女たちもまた、今日ではほとんど知られておらず、美術史に名を連ねてはいない。つまり、そのほとんどはまったく無名のまま、歴史から姿を消したのだ。  その埋もれた女性たちに光を当てた学芸員たちの地道な活動に、つくづく頭が下がる。この展覧会では、そのうち31 名を取り上げ、彼女たちの作品を展示していた。一般に名前が知られているのは、タイトルにも採用されているカンディンンスキーのパートナーだったガブリエレ・ミュンターくらいだろう。なにしろ今まで一度も公的な場に展示されたことのない作品がほとんどだということにも、それらの作品の質の高さにも驚かされる。  女性芸術家たちがどんなに差別を受けていたか、しかし、その不利な条件のもとでどんなに彼女たちが創造性を発揮し、その存在の承認を求めて闘っていたことか、ガイドさんの説明を興味深く聴いた。たとえば、女性に許されていたのは、ポートレートと静物画のみ、のちに風景画も加わったが、歴史を再現するテーマは描いてはいけなかったのだとか。あるいは、パリの印象派以前に印象派的なタッチで描いた作品は軽く無視されたのだとか。一方で、女性の自意識の眼差しが人物に投影され、それが見る人を射る作品の持つ厳しさも。私が痛みを感じたのは、男性しかいない美術展の様子を女性が描いた作品だった。これを作品に仕上げたとき、この女性アーティストはどんな気持ちだったろう。もしかして、逆にある種の皮肉としてこの作品を描いたのかもしれない。女性の姿がまったくない男たちだけの美術展を女性が描いた作品歴史の場に生きる意味 この女性アーティストたちが、連帯して、不公平な社会に抗していったことを心から尊く思う。そして、100 年の後、今までまったく見えなかったこの女性アーティストたちの存在を明らかにして、美術における男女差別がどんなに間違っていたことか、はっきり私たちに突き付けた美術館の学芸員たちの活動にも頭が下がる。それぞれの歴史の場で、それぞれの人たちが自分の最善を尽くして生きているのである。その意味がすぐに明らかにならずとも、100 年の後に答えの出ることもあろう。このような女性たちの活動に、ドイツに表現の場を求めてやってきた日本人女性アーティストも支えられている。  塩田千春のテーマである不在の中の存在。歴史の闇に消えていったその人たちの生きた意味が、さまざまに連なり、社会をよりよき方向へと変えていく。芸術にはその人間の地味な営みを可視化する力があるのだし、そこからメッセージを受け取る私達もまた、歴史の中で自ら生きる意味を今作りつつあるのだと、歴史にまたがる二つの展覧会を見てきた私はつくづくと思いいたるのである。 (初出:「ドイツに暮らす㉔」、『言論空間』、現代の理論・社会フォーラム、2026 年夏号。許可を得て転載。

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    カテゴリー:Art (A-WAN) / OVERSEAs / a-日本語記事

  • 木村涼子・著『<主婦>という職業:「愛の労働」の近現代』   ◆木村涼子

    2026.07.27 Mon

    「主婦労働は無償で当然」とみなされてきた歴史の一端を読み解く  私が「女性に対する差別」というものがあるのではないかという視点でものごとを見始めたのは、生涯「主婦」であった母の影響が大きいと思います。本人も周囲も、母のことを「外で働く夫と家を守る妻」という性別役割分業をしている「主婦」だとみなしていましたが、彼女は家事育児を一手に引き受けるとともに、さらには内職やパートで働いていました。子どもだった私はそうした母の労働を毎日目にしていましたが、それが父の労働に比べると決定的に低い評価しか得てないことに疑問をもった時のことが忘れられません。かなり長期間従事していたミシン縫いの内職は、最低賃金制度の枠組み外にあるがゆえに、熱心に働いても出来高払いの報酬はびっくりするくらい低いものでした。  一方、家計を握っていた父は、「誰が養っていると思っているんだ」という態度で母に接していたと記憶します。勤勉で「よき父」でもありましたが、そういう点は「亭主関白」な「昭和のお父さん」の典型でした。母は家計の補助として内職をした上に、3人の子どもと父のために長時間の家事労働をしていたわけですが、それらは父にとっても、社会的にみても評価されない、いわば「勘定にはいっていない」ものだったわけです。母が家庭で担う家事労働が無償であることと、女性が従事することが多い内職やパートの低賃金が関係がある、つまり女性の労働は価値がひくいのだと子どもごころに認識しました。  母は私に「お母さんみたいな生き方はするな、主婦は無賃金で無権利だから、おまえは働きなさい」とよく言っていました。  なぜ主婦の労働は無償なのか。「そりゃあ当然だろう」という「常識」がある一方、主婦が長時間働いているのに経済的な対価が支払われないことへの疑問は百年前から存在していました。  今回執筆した『<主婦>という職業』は、40年近く戦前の婦人雑誌を対象としてきた研究の中から、主婦の労働が不払いの状態にあることに焦点を当てて一冊にしました。2010年の『<主婦>の誕生:婦人雑誌と女性たちの近代』(吉川弘文館)の続編のようなものです。  本書では、1926年の『婦人公論』誌上での清沢冽による「主婦への賃金/給料」についての問題提起を取り上げました。清沢の記事は、ニューヨークやロンドンでの討論会をふまえているのですが、私はその頃の英字文献などから、前年の1925年にアメリカで公開された映画”Wages for Wives (妻への賃金)”というタイトルのコメディ映画が女性の「ストライキ」を描いていることを発見しました。清沢はこの映画に言及していないのですが、英米での討論会が企画される社会風潮、つまり女性の家事・育児労働をいかに評価するかについて社会的な疑問が生じていた同時代現象のひとつだろうと推測されます。  ご覧になった方も多いと思いますが、昨年秋に日本でも公開された『女性の休日』という映画は、国連が「国際女性年」とさだめた1975年にアイスランド全土で約90%の女性が参加したといわれる「ストライキ」を、50年後の2024年に描いたものです。当時、女性が担う労働(家事・育児を含む)への低い評価、政治における女性の周辺化などを問題視する声が隆盛し、10月24日の丸一日、職場での仕事と家庭での家事・育児の放棄が女性たちに呼びかけられました。普通の女性たちが手を携えて行動するさまに、思わず胸が熱くなります。この映画を観た人の多くは、50年前のできごとだけれど、現代にもつながる問題だと共感されたのではないでしょうか。  本書では戦前の婦人雑誌などを材料として、約100年前に主婦の労働が無償であることに関する議論がいかに展開されたのか、その頃家事労働に経済的評価はなじまないという論理が、女性にしかできない「愛の労働」だといった賞賛のディスコースによって正当化される様子を、歴史の一端として描き出そうとしました。  編集者の方のご尽力もあり、図版も多く具体例をふんだんに盛り込んだので、気軽に読める本にできたのではないかと思います。気軽に手に取りつつ、「怒り」を共有していただければということが筆者のひそかな願いです。ぜひご一読の上、ご批判や感想などいただけると幸いです。 <目次> はじめに 主婦もモダンガール  主婦という仕事の不思議  主婦とはだれのことか  主婦の起源  職業婦人としての主婦 第一章 ようこそ! 主婦の世界へ―新しい職業としての主婦  主婦へのいざない  国家/社会による「主婦」への〈リクルート〉  良妻賢母主義を補完する女性向けマスメディア  晴れの結婚式から蜜月へ  誰もがめざせるあこがれの主婦生活  サラリーマン家庭から農家・商家まで 第二章 主婦はスペシャリストかつジェネラリスト  主婦の一日、主婦の一週間  読むことで獲得できる専門知識と技能  多種多様な技能の習熟とアップデート  家政・家事の商品化と学問化  家事労働および主婦の地位のモダナイズ  子育てという人材育成  家庭という「事業体」の総務担当  財布のひもをにぎる―財政担当という重い仕事 第三章 主婦になるための「就活」  二つのルート―見合いか恋愛か  このましい雇用主としての「理想の良人」  優良な雇用主に選ばれるために  失業しないための規範と実践  職業婦人か結婚か  主婦と職業婦人の間の移動 第四章 「主婦の給料」の提唱  婦人雑誌におけるフェミニズム的議論の勃興―『青鞜』から『婦人公論』へ  モダンボーイ・清沢洌による「妻君業」  資本主義の世の中で「間尺に合わない商売」  女性車掌を叱る老婦人のエピソード  べーベルの結婚制度批判―女性は無賃で働く家庭内「奴隷」なのか  女性の経済的独立をいかに可能にするか 第五章 海の向こうの〈女と男の討論会〉  ロンドンでの討論会―女性の働きをいかに評価するか  ニューヨークでの討論会―主婦への給料の可否をめぐって  ヘイスからの「主婦の給料」の反対論  主婦の給料の計算方法  スティーブンスによる「家庭は合資株式会社」論  話題を呼ぶ五番街での食事つき討論会  妻君業は立派な職業   第六章 「主婦の給料」賛成か反対か  「『妻君の俸給』問題是非」についての識者五五人の回答  主婦の地位は低すぎる―妻は「みじめ」  妻に給料を払える夫は少ない―夫もまた「みじめ」  家事労働の経済的評価は可能  主婦の経済保障にむけた制度設計  家事労働の社会化  夫婦は雇用関係ではない  資本主義が社会を覆うことへの反発 第七章 「無償であるから尊い/尊いから無償」言説  「主婦」は職業であって職業ではない  相馬黒光と山田わか  愛の労働―良人への愛と子どもへの愛  それは本能だ!  主婦労働は尊いとの熱弁  家庭の「私」領域化と神聖化  無償であるから尊い/尊いから無償 おわりに 主婦にも賃金を!  女性の労働―不払いか低賃金か  戦後、主婦の大衆化と「主婦論争」  「命の値段」の性差  家事労働の経済的評価の時代 ◆書誌データ 署名:「<主婦>という職業:「愛の労働」の近現代」 著者:木村涼子 頁数:204頁 刊行日:2026/03/02 出版社:吉川弘文館 定価:2420円

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    カテゴリー:著者・編集者からの紹介

  • 信田さよ子・著『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』   ◆鳥嶋七実

    2026.07.27 Mon

    アディクションの主役は女性になった 依存症臨床の第一人者である信田さよ子さんがアルコール依存症患者とその時代を活写した『依存症』(文春新書)から26年。本書は依存症を切り口に、不安定化する世界の核心を捉えた新しいアディクション論です。 母と娘問題、摂食障害といった古くて新しい依存症から、近年社会問題化したギャンブル依存、女性のアルコール依存症、OD(オーバードーズ)、そしてセルフケアブームや「推し活」といった社会現象まで。扱われるテーマは実に幅広いのですが、先取りしていえば、パンデミック以降、私たちはなんでもアディクションになっていく、あらゆる行動がアディクション化する時代を生きている、という社会の大きな変化が描かれるところが本書の白眉です。 思えばパンデミックをきっかけに、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、パレスチナとイスラエルの戦争、さらにはイラン戦争まで引き起こされる新たな戦争の時代を私たちは生きています。さらにネット、SNS空間では性暴力による告発も相次ぎ、今や炎上も日常茶飯事です。「緊張が高まり、先行きが不透明になり、うっすらとした恐怖が満ちたとき、酒を飲み、スマホでSNSの世界に溺れながらそれから解放される。アディクションによって私たちは生きていくのかもしれない」と信田さんはまえがきで書いています。 かつて家族のケアを受けられた男性患者と異なって、守られるべき家族から放擲され、社会的経験もステイタスもない。ケアを求めてもケアを奪われ、アディクションによって溺れながら、それでも生き延びる女性たちの姿を、いわば下り坂日本の写し鏡として描きます。 ……と書くと、悲観的に聞こえるでしょうか? いえいえ、それにはとどまりません。 「生き延びるためのアディクション」という言葉を耳にされたことのある人もいるかもしれません。「わかってはいるけれどやめられない」のは必ずしも悪いことではない。臨床現場ではむしろアディクションを肯定的に捉える視座の転換が時代の変化とともにもたらされて今に至ること、21世紀になって発展を続けるトラウマ研究の成果がアディクションの定義を変えつつあることなどをも知ることができるのです。 「自分と似た他者と集うことで、初めて少しは楽に生きられる」 本書のラストで発せられるこの言葉は、アディクションの背景にある金融資本主義社会の時代精神を撃ち、そこから解放し、本を通じてともに旅してきた読者(私たち)のよって立つ場所を、きっと静かに明るく照らしてくれることでしょう。 ◆書誌データ 書名 :『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』 著者 :信田さよ子 頁数 :224頁 刊行日:2026/07/30 出版社:文藝春秋 定価 :1890円(税込)

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    カテゴリー:著者・編集者からの紹介

  • 意思決定の場にもっと女性を!「女性リーダー支援基金」が第6回期公募受付中(~8/31)

    2026.07.23 Thu

    5年間で31人を支援──100万円の奨励金と伴走支援で、次世代リーダーの挑戦を後押し(7/16~8/31) ・・・ お世話になっております。女性リーダー支援基金事務局です。日頃より当基金の活動に関心をお寄せいただき、心より感謝申し上げます。 本日は、女性の政治・社会・地域活動・起業などの挑戦を応援する「女性リーダー支援基金 ~一粒の麦~」の第6回公募情報をお知らせします。 ▼公募サイト ※応募フォームよりご応募ください。 https://www.public.or.jp/project/f0159 ・・・ 日本では、政治や経済など意思決定の場における女性比率は依然として低い状況が続いています。「女性リーダー支援基金 ~一粒の麦~」は「構造化された男女格差を是正するためには、意思決定に参画する女性リーダーを増やすことが急務である」という、基金設立者の想いからスタートしました。 日本では、政治や経済など意思決定の場における女性比率は依然として低い状況が続いています。「女性リーダー支援基金 ~一粒の麦~」は2021年に寄付者・石川清子さんによって、意思決定過程にかかわる女性を増やすことを目的に、公益財団法人パブリックリソース財団内のオリジナル基金として設立されました。当初は3年期間限定でしたが、2024年からは上野千鶴子さんが次の3年間を支えるご寄付を表明してくださったことを皮切りに、審査委員やアンバサダーの皆様、多くの寄付者の皆様に支えられる基金となりました。 これまで5年間で31人の女性たちを支援してきました。政治、医療、教育、地方、文化、テクノロジー、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)、人権、社会活動など、多様な分野で社会変革に挑戦しています。 その1人が、第2期(2022年度)受賞者・河野恵美子さん(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)です。河野さんは、「なぜ外科における女性管理職はわずか1%しかいないのだろう」という疑問を抱きました。その疑問を個人の問題として片づけるのではなく、「背景には構造的な課題があるのではないか」と問い直し、研究へと発展させています。その成果は国際的な医学誌に掲載され、医療現場におけるジェンダー課題の可視化につながりました。さらに、学会提言や現場での議論を後押しし、外科医の執刀経験における男女差にも改善の兆しが見られるなど、変化は着実に広がりつつあります。 資金提供だけで終わらず、「考え続けられる場」「つながり続けられる関係性」をつくることが本基金の特徴です。この仕組みがあることで、個人の挑戦は単発で終わらず、次の変化へとつながっています。 全国の、「社会を変えたい」 「ジェンダー平等を実現したい」 「地域や組織の意思決定に関わりたい」という志をもった女性たちが、基金のサポートにより夢を叶えることができるよう支援いたします。皆様からのご応募をお待ちしております。 ・・・ 「女性リーダー支援基金 ~一粒の麦~」 ■創設された理由 当基金は2021 年に石川清子さんにより設立されました。2024 年度からは石川さんの意思を引き継いだ多くの支援者によって支えられる民間の基金です。 男女格差を国別に比較する「ジェンダーギャップ指数2025」では、日本は148カ国中118位と前年同様の順位、主要7か国(G7)では引き続き最下位となっており、政治参画や経済的機会などにおける男女格差は埋まっておりません。構造化された男女格差を是正するためには、意思決定に参画する女性リーダーを増やすことが急務であるという石川さんの思いから、意思決定過程への女性の一層の参画、リーダーシップ開発やビジョンの実現を支援することを通じ、女性の社会的地位の向上、ジェンダー平等の実現を目指します。 ■公募情報 応募期間 2026年7月16日(木)~ 8月31日(月)17:00まで 支援対象分野 ①政治家志望者 ※既に公職の議員や首長となっている場合、立候補表明済の場合等は除く ②社会活動(NPO・NGO・オンラインアクティビズム等)の実践者 ③社会起業家志望者 ④女性のためのアクションリサーチの企画・実践者 ▼公募サイト ※応募フォームよりご応募ください。 https://www.public.or.jp/project/f0159 ■支援内容 女性リーダーとして今後の活躍が期待される個人を公募します。 活動奨励金:1人あたり100万円 支援予定者数:5名程度 活動奨励金の他に、交流ミーティング、メンター制度、勉強会、研修会等の非資金的サポートを実施します(サポート内容は変更となる場合もございますので、あらかじめご了承ください)。 ※ 基金の詳細はこちら https://www.info.public.or.jp/support-women-leaders ※ これまでの活動報告はこちら https://www.public.or.jp/blog/hashtags/f0159

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    カテゴリー:マイアクション / 集会・イベントレポート

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